屋根の色や高さが同じ!? 華の都、パリの美しさの秘密って?

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屋根の色や高さが同じ!? 華の都、パリの美しさの秘密って?

2016.02.16

提供元:マイナビ進学編集部

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屋根の色や高さが同じ!? 華の都、パリの美しさの秘密って?

毎年世界渡航先ランキングで上位に入る人気の観光都市、パリは。統一感のある美しい街並みを支える、ある秘密を紹介します。

この記事をまとめると

  • パリは、オースマン知事によって美しい街へと変化した
  • 景観を保護・修復する「マルロー法」によって、パリのマレ地区は17世紀の街並みが復元された
  • 日本でも京都市の一部地域で電柱が撤去される計画があり、景観保護の考えが広まっている

華の都パリは、かつて「腐敗製造所」だった? 

「華の都」と呼ばれているフランスの首都パリ。毎年、世界渡航先ランキングでもトップ10に入るほどの人気の観光都市です。

その人気の理由の一つが、景観の美しさ。高い建物がなく、遠くからでもエッフェル塔が見られることや、色や形が統一された建物が立ち並ぶ風景は世界中から賞賛を受けています。一度はパリに行ってみたいと考えている高校生もいるのではないでしょうか。

でも、実は19世紀以前のパリは「汚い街」として有名だったのだとか。道端や川にはゴミや汚物があふれかえっており、当時の技術者が、「パリ、それは巨大な腐敗製造所」と称したくらいでした。

では、パリはどのようにして今のような美しい街になったのでしょうか?

オースマンの大改造によって、パリは美しくなった

19世紀のパリでは、ゴミ処理の有効な方法が考えられておらず、人々は家庭のゴミを道端に廃棄していました。さらに、十分なトイレの設備がなかったので、なんと排せつしたものをアパートの上から路上に投げていたそうです。当然、公道はゴミや排せつ物だらけになり、病気も広まってしまいました。ちなみに、現在では日よけに使われている「日傘」も、もともとはパリの街で上から降ってくる排せつ物を防ぐためにつくられたのだとか。とても、「華の都」とは呼べないような状態だったわけです。

このひどい状況を改善しようと考えたのが、皇帝ナポレオン3世でした。1853年、ナポレオン3世はジョルジュ・オースマンを県知事として任命し、パリの都市の大改造に着手させます。

オースマンが行った改造は、以下の4つです。

1:広い大通りと道路網の整備
衛生的ではなかったパリに「光と風」を取り入れることが大きな目的です。また、公共施設や要所を結んでいる道を整備して、利便性を高めました。

2:建物の修復と建設
一部の建物は取り壊され、高さ、窓の形、壁の色などを統一して造り直しました。現在も観光地周辺にある美しい家々は、この時代に造られたものがほとんどです。

3:公園や広場の建設と整備
1とほぼ同じ建設理由です。伝染病を防ぎ、風や太陽光を取り入れるために建設・整備されました。また、人々の憩いの場にしたり、軍隊や警察を集合させたりする目的もあったそうです。

4:公共事業
上下水道の整備や墓地を改善し、ガス灯を街中に設置しました。その後、20世紀には、電気、ガス、電話も併設されます。

オースマンの大改造の効果がもっともよく現れているのは、「シャルル・ド・ゴール広場」でしょう。凱旋門を中心として、12本の大通りが市内に向かって放射状に伸びており、沿道には統一された街並みが立ち並んでいます。その美しさは、今でも世界中の人からたたえられるほど。オースマンの功績によって、パリは汚物があふれかえる街から、美しい華の都へと変貌をとげたのです。

オースマンの大改造によって、パリは美しくなった

オースマンの大改造から約100年後の1962年。フランスで「マルロー法」という法律が制定されます。ノーベル文学賞を受賞した当時の文化大臣アンドレ・マルローがつくったものです。

マルローは、「都市の歴史的、文化的、美的な価値は、歴史的建造物に限らず市街地を構成する建造物と空間全体にある」と考えました。そのため、マルロー法は「フランスにある歴史的な建造物周辺の建物を修復し、伝統的な街並みを再生すること」を目的として制定されたのです。現在では歴史的な街並みを保護したり、修復したりすることは珍しいことではありません。しかし、当時としては画期的な制度でした。

マルロー法によって修復された地域に「マレ地区」があります。17世紀にパリで最も栄えた地区で、多くの貴族たちが住んでいました。しかし、その後、フランス革命によって持ち主の貴族たちは処刑されてしまいます。代わりに手工業者が住むようになりましたが、彼らの経済力では建物のメンテナンスを行うことができず、荒れ果てていく一方でした。そこに、マルロー法が適用されて、マレ地区の建物は修復され、17世紀当時の市街地が再現されたのです。

現在のマレ地区は、赤レンガ造りの建物が広場を囲み、芝生が植えられ、美しい景観を保っています。観光客や、地元パリの市民の憩いの場として使われているそうです。

日本でも景観保護の考え方が広まっている

美しい華の都、パリ。その景観が完成するまでには、政府のさまざまな努力があったのです。その一方で、日本の都市は、諸外国と比較して景観が「美しくない」といわれることもあるのだとか。それは高層ビルや電柱、看板などが立ち並んでいるのが原因です。しかしながら、最近では、京都市先斗町(ぽんとちょう)の一部区画の電柱を撤去する計画も進んでおり、日本でも景観保護の考えが広まってきています。

「建築学」は建物の設計や施工の方法を学ぶだけでなく、都市の開発計画まで幅広く研究する学問です。日本の都市をもっと美しく保ちたいと考える人は、ぜひ建築学を学んでみてくださいね。

この記事のテーマ
工学・建築」を解説

工業技術や建築技術の発達は、私たちの生活を画期的に快適で安全なものに変えてきました。先人たちの生み出した知恵に新しい技術をプラスすることで、その進歩はいまも日々、進んでいます。インフラの整備や災害に強い街作り、エネルギー効率の高い動力機械や高い知能を持ったロボットの開発など、工学や建築に求められるものはますます増えるでしょう。自然との共生も大きなテーマです。理系の中でもより実地的な分野だと言えます。

「工学・建築」について詳しく見る

この記事で取り上げた
「建築学・意匠」
はこんな学問です

「建築学」は、建築について総合的に学ぶ学問。学ぶ領域は広く、住宅、ビル、超高層建築の生産、建築資材の研究開発、災害時の安全対策など現代建築の建築工学分野と、団地や道路の造成、都市計画などの都市工学に加え、歴史的な建築物、集落の保存や復元についても研究する。「意匠」は、建築物を美学的に捉えて芸術的意義を追究する学問。建築物や街並み、自然環境、構造や材料についても美学的に追究して評価する。

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