【イラストで覚える歴史】応仁の乱! 大きな内乱の背後には悪女の影が!?

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【イラストで覚える歴史】応仁の乱! 大きな内乱の背後には悪女の影が!?

2016.01.15

提供元:マイナビ進学編集部

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【イラストで覚える歴史】応仁の乱! 大きな内乱の背後には悪女の影が!?

1467年、応仁の乱が始まりました。将軍の後継争いなど、人間関係のもつれから起こった乱は11年間も続きます。そんな応仁の乱を引き起こした原因の一つといわれているのは足利義政の妻。その悪女っぷりも紹介します。

この記事をまとめると

  • 政治よりも自分の趣味を優先!? 足利義政
  • ついに応仁の乱が勃発!
  • 悪女・日野富子は金の亡者だった!?

政治めんどくせぇ! アートに逃げた足利義政

1467年、応仁の乱が始まりました。人間関係のもつれから起こった争いは11年間続きます。人世むな(1467)しく応仁の乱!!

応仁の乱は、室町時代の大きな内乱です。乱が起こるまでをみてみましょう。

時の8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)、初めは政治を頑張っていました。が、妻の日野富子(ひのとみこ)がいちいち口出しします。
しかも、飢饉(ききん=食べ物がなくなること)や災害が起こるわ、農民たちが反抗してくるわ……。

「政治めんどくせぇ~。俺はアートの道に進むぜ!」
義政は庭造りや芝居などにハマります。挙げ句、弟・義視を9代将軍にして、政治を放り出すつもりでした。

あたしの子どもを将軍にしなさいよ!

「義視、後は任せたぜ」と義政が思っていたら、義政と富子の間に息子義尚(よしひさ)誕生。富子は「あたしの子どもを将軍にしなさいよ!」と言い出します。
これがきっかけで、義尚を推したい人たちと、義視を推したい人たちが対立。さらに、大名家の家督(かとく)相続争いなども絡み、東軍と西軍に分かれて応仁の乱へ!

東軍:細川勝元(ほそかわかつもと)、畠山政長(はたけやままさなが)、斯波義敏(しばよしとし)、他。
西軍:山名持豊(やまなもちとよ)、畠山義就(はたけやまよしなり)、斯波義廉(しばよしかど)、他。

ダラダラ続いた乱は、1477年、勝敗も決まらないまま終息。乱の最中に、ちゃっかり義尚が9代将軍になっていました。

日本三大悪女の一人・日野富子がヤバ過ぎる!!

さっきから何度も名前の出てくる日野富子は、北条政子・淀殿とともに日本三大悪女とされます。その悪女っぷりがヤバ過ぎる!!

富子は、応仁の乱の最中、敵味方関係なく金や米を貸します。争いが長引く中、富子一人が利子でぼろ儲け!! 乱の後は、京都につながる道に関所(京都七口の関)を作ります。庶民に払わせた通行料は自分の懐へ。
まさに金の亡者!!

また、富子は、いつも人間関係を引っかき回しました。
9代将軍・義尚の死後、富子は、かつて敵対した義視の子・義稙(よしたね)を10代将軍にします。が、その義稙を在職中に追っ払い、次は義政の甥・義澄(よしずみ)を11代将軍に。
自分に都合の悪い人間は徹底排除! 本当に恐ろしい女性でした。

富子は、応仁の乱を引き起こし、その後もろくなことをしませんでした。悪女が歴史を動かすとは、本当に人世はむなしいですね。

※歴史の解釈には諸説あります