【イラストで覚える歴史】島原の乱!天草四郎の人気にキリシタンが団結!

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【イラストで覚える歴史】島原の乱!天草四郎の人気にキリシタンが団結!

2016.01.15

提供元:マイナビ進学編集部

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【イラストで覚える歴史】島原の乱!天草四郎の人気にキリシタンが団結!

1637年、島原と天草のキリシタン農民たちが反乱を起こしました。反乱軍は、リーダー・天草四郎時貞が中心となって籠城戦をくり広げます。島原の乱がどうなったのか? そして、その後関係者はどうなったのか? を見てみましょう。

この記事をまとめると

  • 反乱の原因はヒドイ政治!
  • 反乱軍の戦略は引きこもり!?
  • 天草四郎美少年説にはロマンがある

最悪な政治にキレたキリシタン農民たち

1637年、長崎にある島原と天草で反乱が起こりました。キリシタン農民たちが天草四郎時貞のもとに団結! さあ、一路みんな(1637)で島原へ!

島原では、もともとキリシタン大名がその地を治めていました。それなのに、後からやって来て大名の座についた松倉重政(まつくらしげまさ)とその息子・勝家(かついえ)はやることがメチャクチャ! 年貢をたくさん取るし、キリシタンをいじめるし……。
同じく天草でも、寺沢広高(てらざわひろたか)とその息子・堅高(かたたか)が行う政治がひどかった!

農民たちは最悪な政治にブチ切れ! 「救世主」と噂される天草四郎時貞(あまくさしろうときさだ)をリーダーにして反乱軍を結成します。

引きこもりは強かった!

反乱軍の戦略は、食料や武器をため込んで建物に引きこもる籠城戦(ろうじょうせん)!
引きこもった場所は、島原の元領主が住んでいたお城・原城。ボロッちいお城を反乱軍は修復。引きこもり体勢は整ったぜ!!

籠城戦は強力です。強盗が銀行に立てこもるとめんどくさいですよね。それと同じで、外野は反乱軍に手を出せませんでした。

見かねた江戸幕府は老中・松平信綱(まつだいらのぶつな)に助けを求めます。切れ者の信綱は、反乱軍の食糧が尽きるのを待つことに。いわゆる「兵糧攻め(ひょうろうぜめ)」です!

「反乱軍が弱って来たな」というときに、幕府軍は原城を総攻撃。ついに、原城を攻め落としました。

天草四郎時貞は美少年だったの?

島原の乱にビビった江戸幕府は、キリスト教をガッツリ禁止しました。
オランダ商館も平戸から長崎の出島へ移します。ポルトガル船は出禁! 鎖国完成です!!

島原の乱のきっかけを作った松倉勝家と寺沢堅高は領地を没収されました。
後に、松倉勝家は、大名なのに打ち首(大名以外の罪人に適用される死刑)に。寺沢堅高は、思いあまって自殺。2人とも悪党にふさわしい最期でした。

一方、戦死した天草四郎時貞は美少年だったという噂が流れます。ただ、顔にニキビがたくさんあったという記録もあるんですね。本当に美少年だったかどうか……。
とはいえ、天草四郎美少年説にはロマンがあります。一路みんなで島原へ行く農民たち。その先頭には、美しく若きカリスマの姿がぴったりです!!

※歴史の解釈には諸説あります