【イラストで覚える歴史】遣唐使廃止! 菅原道真は唐に行きたくなかった!?

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【イラストで覚える歴史】遣唐使廃止! 菅原道真は唐に行きたくなかった!?

2016.01.13

提供元:マイナビ進学編集部

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【イラストで覚える歴史】遣唐使廃止! 菅原道真は唐に行きたくなかった!?

894年、遣唐使が廃止されました。廃止を提案した菅原道真とはいったいどういう人物だったのでしょうか? 現在は学問の神様として祀られている道真の生涯をたどりながら、平安時代の社会を覗いてみましょう。

この記事をまとめると

  • 唐に行きたくなかった藤原道真
  • 政界で活躍するも……左遷
  • その恨みから怨霊に!?

菅原道真は唐に行きたくなかった!?

遣唐使は、日本から唐(中国)に渡った人たちのことを指します。894年、遣唐使に任命された菅原道真は朝廷に意見しました。「白紙(894)に戻そう、遣唐使!」

古代の日本は中国に人を送りました。先進国である中国からいろいろ学ぶ留学生みたいな人たちです。
そんな人たちのうち、唐王朝に渡ったのが遣唐使です。任命されるのは、超エリートの学者さんやお坊さん。名誉なことですね!
……といいたいところですが、この時期、海を渡るのはとても危険。木製の船で何日間も海の上を漂うんですよ。実際、いくつもの遣唐使船が海に沈みました。命がけです!!

こんなに危険な遣唐使に、894年、エリート学者の菅原道真(すがわらのみちざね)が任命されます。でも、道真は朝廷にさんざん文句を言います。

唐の政治はグチャグチャですぜ!
優秀な人材を失ったら損ですぜ!

自分の命がかかっています。そりゃあもう必死です(笑)。理屈をこねまくって、何と! 遣唐使を廃止させました!

出世頭が大宰府に左遷

道真は、政治でも大活躍しました。
宇多(うだ)天皇をサポートして、「寛平の治(かんぴょうのち)」といわれる天皇中心の政治を実現しました。醍醐(だいご)天皇の時代には、右大臣にまで昇進。出世街道まっしぐら!

一方で、道真を憎む人物の影……。
左大臣・藤原時平(ふじわらのときひら)です。時平は「道真は悪だくみしてますぜ」と朝廷に嘘を言いました。

気の毒な道真は、九州の大宰府に飛ばされます。役職は「太宰権帥(だざいのごんのそち)」。
東京本社で活躍していた部長が、地方の工場に異動させられたようなものです。道真はさぞ悔しかったことでしょう。結局、道真は大宰府で一生を終えました。

菅原道真の祟りが半端じゃない!!

道真がいなくなってニヤニヤしていた藤原時平。ですが、39歳でポックリ死。「道真の祟りじゃっ!!」と周りは大騒ぎ。

さらに、930年、天皇が生活する清涼殿(せいりょうでん)に雷が落ちました。悲惨な光景を見た醍醐天皇もショックで3か月後に崩御(ほうぎょ=天皇が亡くなること)。このときも、「道真の祟りじゃっ!!」と大騒ぎです。

こうして道真は怨霊(おんりょう)となりました(今は学問の神様です)。
そんな道真が遣唐使として死んでいたら、どんな祟りがあったでしょうか? 考えただけでも恐ろしい(笑)。遣唐使が白紙に戻ってよかったのかもしれませんね。

※歴史の解釈には諸説あります