ドラえもんやアトム、バカボン……超人気作を生んだ漫画家たちは、みんな一緒に暮らしていた!?

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ドラえもんやアトム、バカボン……超人気作を生んだ漫画家たちは、みんな一緒に暮らしていた!?

2016.01.19

提供元:マイナビ進学編集部

ドラえもんやアトム、バカボン……超人気作を生んだ漫画家たちは、みんな一緒に暮らしていた!?

日本の歴史に名を残す人気漫画家たちは、実は一緒に暮らしていたことがあったのだとか。大きな影響を与える漫画家を輩出したその場所・文化についてご紹介します。

この記事をまとめると

  • 大物漫画家たちが一緒に住んでいた伝説のアパート「トキワ荘」
  • 少女漫画が彼らの仕事の中心だった時代もある
  • 日本に漫画文化を根付かせたのはトキワ荘のメンバーたちによる功績

『バクマン。』でも扱われている「トキワ荘」には、漫画界の神たちが集結していた

2015年の邦画で大ヒットを飛ばした映画『バクマン。』をご覧になった人はいますか? 
2人の少年がコンビを結成して漫画家を目指す道のりを描いた映画で、原作は『週刊少年ジャンプ』の連載時から人気でアニメ化もされている作品です。みなさんの中にも、漫画家を夢見てこの作品に感情移入してしまった人がいるのではないでしょうか?

そんな漫画好きならきっと気になったはずなのが、この映画の中でパロディとして先人への敬愛を込めて扱われている「トキワ荘」の存在です。今回は、歴史に名を残す超人気作を生み出した漫画家たちが集まって生活していた伝説のアパート「トキワ荘」についてご紹介します。

トキワ荘は、『鉄腕アトム』『火の鳥』の手塚治虫をはじめ、『ドラえもん』の藤子・F・不二雄、『怪物くん』の藤子不二雄A、『天才バカボン』の赤塚不二夫、『サイボーグ009』の石ノ森章太郎、といった、日本漫画界の巨匠たち、いや神たちともいえるメンバーが住んでいた伝説のアパートです。トキワ荘における漫画家たちのエピソードは、さまざまな作品で描かれており、藤子不二雄Aの作品『まんが道』が特に有名です。トキワ荘は、戦後からしばらくたった1952年に東京都豊島区の西武鉄道池袋線・椎名町駅近くに建設されました。

風呂なし、共同トイレのアパートに漫画家たちが集まっていた理由とは

アパートは木造2階建てで、部屋の間取りは四畳半。風呂なしで、台所もトイレも共同という、質素なアパートでした。そこに、編集者からの紹介で最初に入居したのが、手塚治虫です。そこから漫画家を目指す若者が次々と集まり住むようになり、多くの漫画家たちが青春時代を過ごし、大物漫画家に育っていったのです。個性的な才能の持ち主が集まっていたアパートだけにそのエピソードも枚挙にいとまがないほどです。祥伝社から刊行されている『まんがトキワ荘物語』に掲載されたエピソードによると、手塚治虫は共同トイレで部屋にトイレがないため、部屋の窓からおしっこをしたそうです(後に1階の住民からこっぴどく叱られたようですが)。ちょっと困った行動ですが、移動して共同トイレを使う時間ももったいないと思うほど漫画に没頭していたということなんですね。また、赤塚不二夫は漫画家になる夢を追ってトキワ荘に入居したものの仕事もなく、お金もないため、銭湯代わりに共同の台所の洗い場で身体を洗っていたとのことで、後の大漫画家もみんな貧乏な生活をしていたようです。

それにしても、どうしてそんな才能のある漫画家たちばかりがトキワ荘に集まったのでしょうか? 実はその背景には、トキワ荘のリーダー格で、『まんが道』でも頼りにされる先輩として描かれている「テラさん」こと寺田ヒロオの、トキワ荘を新人漫画家の共同生活の場として、励まし合って切磋琢磨していこうという思いがあったようです。また、漫画雑誌の編集者には、もし漫画家が「原稿を落とし」(=締め切りに間に合わないこと)そうになったときにほかの部屋からすぐに助っ人ができる漫画家を呼んでこれる環境がほしいという思惑があり、自分の作品を売り込みたい漫画家たちとの利害関係が一致していたともいわれています。

少女漫画が彼らの仕事の中心だった

これだけ大物漫画家が集まっていると、少年漫画雑誌が1冊できてしまいそうですが、トキワ荘の漫画家の紅一点であった水野英子によると、実は当時の若い漫画家たちの仕事は意外なことに少女漫画が多かったそうです。当時の少年誌は大御所の作品で占められており、若い漫画家が描く隙間がなく、そのためまだ発展途上で描き手が求められていた少女漫画の仕事の依頼が多かったんだとか。そこでの斬新な発想や特徴的な画風が彼らのステップアップになったのです。そして、その影響は後進の漫画家たちへ大きな影響を与えています。

トキワ荘は1982年に老朽化のために取り壊され、現在では別の建物が建っていますが、建物がなくなった跡地を一目見ようと訪れる漫画ファンや漫画家志望者が絶えず、2009年にはトキワ荘跡地近くの公園に記念碑が建立されたほか、トキワ荘関係の展示やマンガの閲覧ができる休憩・案内施設「豊島区トキワ荘通りお休み処」が開設されています。また、豊島区の高野区長が、街おこしの一環として、また漫画の聖地として残すために商店街があるトキワ荘通りに面した敷地を使いトキワ荘を復元した建物をつくることを考えていると発言しており、漫画ファンからも期待の声が挙がっています。

トキワ荘で悪戦苦闘した漫画家たちが日本に漫画文化を根付かせた

このような動きは、日本独特の文化の担い手である「漫画家」を多く輩出したことを自治体がとても大事にしていることがよく分かります。今や世界に誇る日本の文化の一つである漫画は、次々と個性的な才能を持った漫画家により新しい作品が生み出されています。漫画家を目指したい人には、斬新なストーリーや画風を試行錯誤するとともに、多くの漫画家たちがトキワ荘で悪戦苦闘しつつ漫画文化を日本に根付かせたことを知っておいてほしいと思います。

この記事のテーマ
マスコミ・芸能・アニメ・声優・漫画」を解説

若い感性やアイデアが常に求められる世界です。番組や作品の企画や脚本づくり、照明や音響などの技術スタッフ、宣伝企画など、職種に応じた専門知識や技術を学び、実習を通して企画力や表現力を磨きます。声優やタレントは在学しながらオーディションを受けるなど、仕事のチャンスを得る努力が必要。学校にはその情報が集められています。

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この記事で取り上げた
「漫画家」
はこんな仕事です

漫画を制作して収入を得る作家のこと。コメディー、恋愛、スポーツなどさまざまな分野が存在する。ひとコマ、4コマ、連載、長編作品まで日本の漫画文化は国際的に高い評価を得ている。物語や登場キャラクターの設定を考えてシナリオをつくり、次にせりふや場面のコマ割りを行って、最後に“ペン入れ”をするのが仕事の基本的な流れ。作品はコミック誌や新聞、雑誌に掲載されたり、同人誌をつくって発表・販売を行ったりする場合が多い。人気が出れば単行本化、映画化と活躍の場が広がる。

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