つくりが印象的! フジテレビと国立代々木競技場をつくったのは同じ人物だった?

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つくりが印象的! フジテレビと国立代々木競技場をつくったのは同じ人物だった?

2016.01.20

提供元:マイナビ進学編集部

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つくりが印象的! フジテレビと国立代々木競技場をつくったのは同じ人物だった?

フジテレビや国立代々木競技場など、誰もが気になるデザインの建物。これらを設計したのは同じ人物だといいます。一体どんな人物がつくったのでしょうか。

この記事をまとめると

  • フジテレビ本社と国立代々木競技場は同じ人物によって設計された
  • テレビ朝日本社を設計したのは、その人物と関係のある人物だった
  • 建築によって戦争行為で破壊された街を修繕することで、人々に元気を与えることもある

フジテレビ本社と国立代々木競技場は同じ建築家がつくった?

『めざましテレビ』のスタジオが入っていることでも有名なフジテレビ本社の丸い球体。ビルの間に浮いているようにも見えますが、あんな高いところに球体があって、そしてその中にスタジオがあるなんて不思議な感じがします。

あの、不思議な球体は「はちたま」と呼ばれています。『めざましテレビ』のスタジオのほかに、展望室や「はちたまショップ」などが入っています。形がおもしろいだけではなく、スタジオも展望台もあるということで、もちろん建物としてもきちんと役割を果たしていますよね。

見た目が特徴的な建物といえば、東京にある代々木競技場。この国立代々木競技場は、屋根の造形に特徴があり、まるで鳥が腕組みのように左の羽を右の羽にそっと重ねているような、そんな曲線の美しさがあります。

見た目が特徴的で、かつ広く知られているフジテレビ本社と国立代々木競技場。実は、この2つの建物をつくったのは同じ建築家なのです。一体どんな人物だったのでしょうか?

国内外で大きな影響を与えている、日本人建築家って?

これらの建物を設計したのは世界でも有名な建築家、丹下健三さんです。彼は第二次世界大戦後から高度経済成長期にかけて活躍した人物です。また、日本国内外でさまざまな建築を手がけ、また、中東やアフリカ、東南アジアの発展途上国の都市開発を行っています。

では、先に説明した、2つの建物の成り立ちを追っていきましょう。

まず、国立代々木競技場ができたのは、1964年。五輪会場として建設されました。国立代々木競技場といえば、『バケモノの子』でアニメの背景にもなり登場したほか、コンサート会場としても有名です。アイドルのコンサートで訪れたという方もいるのではないでしょうか。その特徴は、やはり、ちょっと変わった羽のような形の屋根です。この屋根の構造は「吊り屋根構造」と呼ばれる、世界でも珍しい構造です。2本の主柱が2本のメインワイヤーロープで結ばれ、そこから屋根が吊り下げれています。吊り下げるときに下に引っ張られますが、柱は押される力よりも、引っ張られる力のほうに、より耐えることができるので、頑丈な仕組みになっているのだそうです。

一方、フジテレビ本社ができたのは1996年。この建築物の顔である「はちたま」は、7回の空中庭園で組み立てられ、9時間以上かけて現在の25階へ設置されたのだとか。重さ1,200トンの球体。これを25階まで釣り上げるのですから、相当慎重に作業が行われたのでしょう。あの球体をあんな高いところに設置できるように設計した丹下氏も本当にすごいですが、設置する建設業の方々の高い技術にも驚きです。落としたらたいへんなことになりますからね。

さらに、丹下健三さんは多くの建築家を育てました。その中の一人に槇文彦さんは、2003年に完成した、テレビ朝日本社の建築を手がけています。先生がフジテレビ、生徒がテレビ朝日と、2人の有名な建築家が、テレビ局の本社を設計したというのは、おもしろい偶然ですね。やはり先生の建築物のような、人の目を引くデザインのテレビ局をつくることは生徒の憧れだったのかもしれません。

また、槇さんは、2001年の同時多発テロにより、崩壊した貿易センタービルの跡地にテロの記念碑や、いくかの高層ビルを立てるプロジェクトに参加し、そのうちの一つのビルの設計を担当しました。2013年にビルは完成。多くのアメリカ市民を元気づけた様子が、多くのSNSの投稿やニュース記事から伝わってきます。

建築家ができることって、どんなこと?

実は丹下健三さんも、槇文彦さんのように、戦争行為で崩壊した街を立て直す活動に参加していたことがありました。それは第二次世界大戦後、原爆投下を受けて崩壊した広島でのことでした。

丹下健三さんは「広島平和記念公園」をつくるプロジェクトに応募し、「廣島計画 HIROSHIMA PLAN 平和都市の建設」という構想として発表しました。その構想の全てを実現することはできなかったものの、広島平和記念資料館・東館と本館、慰霊碑の設計をし、広島市の復興に向き合っていたことが、彼が世界で注目される理由にもなっています。

このように、世界で活躍している日本人の建築家はたくさんいます。建築家は、フジテレビや国立代々木競技場をはじめとした、多くの人々が利用する人気施設の建築だけなく、戦争行為によって破壊された街の修復や、その戦争の記憶を人々にどのように伝えていくのかを考えて建築することもあります。

建築の仕事をする上で、どのように街を発展させるかを考えることはもちろんですが、同時に、どのように修復していけるのかを考えることも大切だといえるでしょう。

建築の技術や、建築の心を学ぶ学問に「建築学」があります。建築で人びとの生活を豊かにしたいという人や、建物や街をつくるだけではなく、修繕したり生まれ変わらせることにも興味がある人は、「建築学」を学んでみてはいかがでしょうか。

この記事のテーマ
工学・建築」を解説

工業技術や建築技術の発達は、私たちの生活を画期的に快適で安全なものに変えてきました。先人たちの生み出した知恵に新しい技術をプラスすることで、その進歩はいまも日々、進んでいます。インフラの整備や災害に強い街作り、エネルギー効率の高い動力機械や高い知能を持ったロボットの開発など、工学や建築に求められるものはますます増えるでしょう。自然との共生も大きなテーマです。理系の中でもより実地的な分野だと言えます。

「工学・建築」について詳しく見る

この記事で取り上げた
「建築学・意匠」
はこんな学問です

「建築学」は、建築について総合的に学ぶ学問。学ぶ領域は広く、住宅、ビル、超高層建築の生産、建築資材の研究開発、災害時の安全対策など現代建築の建築工学分野と、団地や道路の造成、都市計画などの都市工学に加え、歴史的な建築物、集落の保存や復元についても研究する。「意匠」は、建築物を美学的に捉えて芸術的意義を追究する学問。建築物や街並み、自然環境、構造や材料についても美学的に追究して評価する。

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