ドラマ『下町ロケット』が大ヒット! 「下町」ってどんな場所?

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ドラマ『下町ロケット』が大ヒット! 「下町」ってどんな場所?

2016.01.12

提供元:マイナビ進学編集部

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ドラマ『下町ロケット』が大ヒット! 「下町」ってどんな場所?

ドラマ『下町ロケット』が大ヒットしましたが、「下町」という言葉はいろいろな意味で使われています。そんな「下町」という言葉の気になる意味をご紹介します。

この記事をまとめると

  • 下町は、地理的特徴と社会的・歴史的要因から生まれた
  • 大阪には「下町」という言葉は使われず、逆に「上町」と呼ばれるエリアがある
  • 下町とされる地域は、江戸時代と比べて広くなり、定義があいまいになっている

東京の下町をつくったのは、武蔵野台地と徳川家康だった!?

みなさんは、昨年放送していたドラマ『下町ロケット』を観ていましたか? 原作は、あの半沢直樹シリーズを執筆した池井戸潤さんの小説。胸がアツくなりましたよね、ガウディ計画。そして、佃製作所があんなことになるなんて……!

そんな『下町ロケット』のエピソードも記憶に新しいですが、今回の話題は「ロケット」ではなく、「下町」のほう。下町って、具体的に、どんな場所を指すのか分かりますか? 何となくイメージはできるけれど、「こうなっていれば下町」と、はっきりとした定義までは分からないのでは? さあ、その疑問を解明していきましょう!

通常、下町という言葉には、2つの意味があるとされています。一つは、地形的な特徴によって分けられる下町です。海や川に近い、低地のことです。東京でいえば、武蔵野台地の上、高い場所が下町に対して「山の手」と呼ばれ、そこと比べて地形的に低い場所、という扱いです

もう一つの意味は、社会的な特性としての下町です。その成り立ちは、江戸時代にまでさかのぼります。江戸幕府の初代将軍、徳川家康は、江戸の町づくりを進める上で、身分によって住む場所を限定していました。まず大名や上級武士を、台地の高い場所に住まわせました。これは軍事上の有利性から考えられたもので、いざというときの軍事拠点として大名屋敷を使うため、といわれています。そしてその周辺には中級・下級武士を居住させ、さらにその周りの低地や埋め立てした土地には、商工業に携わる庶民を住まわせたのです。その庶民の住んでいたエリアが「下町」と呼ばれていました。具体的な地名を挙げると、下谷、神田、根津、本所、深川、向島、日本橋、京橋、浅草などで、現在の江東区、墨田区、中央区、台東区あたりを中心としたエリアになります。

以上のことから考えると、地形的な下町と、社会的な意味づけでの下町は、家康の町づくりによって、密接に関連付けられていた、というわけです。

ちなみに、西の大都市・大阪では、逆に、「上町」という地名があります。豊臣秀吉が大阪城を築いた、上町台地のあたりです。そこは大阪の歴史の発祥地といえる場所です。大阪にも上町の対になる「下町」がありそうですが、大阪ではあまりそういった呼び方は使われないようです。地形的には、船場、島之内、堀江、下船場、中之島などが低地にありますが、川や堀で区切られた区画ごとに、それぞれの固有名称を使うのが一般的です。

現在の下町はイメージ先行? 「下町」は江戸時代よりも広がっている

さて、現在の下町とされるエリアを見てみましょう。江戸時代よりもかなり広範囲に渡っているようです。ほら、『下町ロケット』も大田区の町工場が舞台ですし。同じように、『男はつらいよ』の寅さんで知られる葛飾区柴又なども、昔は江戸郊外の農村地という位置づけでしたが、今では下町の代表格として、多くの観光客が訪れています。

つまり、時代の変遷によって、「新山の手」「旧下町」といった言葉が生まれたり、歴史的な視点から現在の「下町」をはっきり定義することはできません。私たちが、下町と聞いてイメージする要素を持つ地域が「下町」と呼ばれているようです。例えば、都会的な空気ではなく、風情を感じさせる街並みや、親しみやすくてにぎやかな昔ながらの商店街、ちょっぴりおせっかいだけれど、人情味あふれる地元の人々などなど、あまりピンとこないかもしれませんが「古き良き時代」の日本を思わせるものが、「下町的なもの」と思われているのでしょう。

下町の職人さんたちも、「ものづくり大国」日本を支えている

もともと、商工業に携わる人が多く住んでいた場所だったため、書店街のなかにある小規模なお店を経営している人やものづくりに従事する人々が多いのも、下町の特徴でもあります。そのため、職人さんが住み、町工場がたくさんある地域を、下町と呼ぶ場合も多いようです。現在の東京23区でいうと、東部の足立区、荒川区、葛飾区、西部の大田区、品川区などに多くの町工場が集まっています。やはり、高い技術を持った、頑固で腕のいい職人さんたちが、誇りを持って働いているのでしょうか。うーん、まさに、『下町ロケット』の世界! 確かにそのあたりも、現在では下町と呼ばれているエリアです。

私たちが、下町に抱くイメージは、今ではなかなか見ることができなくなった、日本古来の風情や情緒そのものです。先人たちから脈々と受け継いだ文化や心、それらが染み込んだ日本人像を、下町から見い出したいのかもしれませんね。だから、現代の下町が、本来の定義から外れてしまっていても違和感がないのでしょう。みなさんも機会があれば、いろんな下町を散策してみてはいかがでしょうか。いつも生活している場所とは、ちょっと変わった経験ができるかもしれません。

ある土地や地域の、地理的な特徴や、政治・経済・社会・文化などを総合的に研究する学問を「地理学」といいます。もともとの定義から派生して、新たな意味を持って発展してきた下町のことのように、土地の研究を通して、たくさんの豆知識や雑学を知ることができるかもしれません。町歩きを楽しみながら、興味のある土地を研究してみるのも面白いでしょうし、地元について調べてみると、より愛着が湧くことでしょう。

この記事のテーマ
文学・歴史・地理」を解説

文学は、長い歴史のなかで変遷してきた人間の生活や社会、人々の考え方や感情の変化などを、文章表現をもとに考える学問です。文献を読み解いて比較検討し、過去から現在、さらには未来に至る人間のあり方や社会について研究します。地理学や歴史学は、今日の私たちの生活や文化、経済活動などについて、基盤となった地形や気候、史実やさまざまな事象、最新の研究結果や歴史的な遺構をもとに、その成り立ちから考える分野です。

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この記事で取り上げた
「地理学」
はこんな学問です

地理学には2つの顔がある。一つ目は地形や気候、植物の生育や水の循環などを研究する自然地理と、政治・経済活動、人口問題、都市生活などを研究する人文地理である。その他、地球レベルでの環境問題や異常気象による自然災害を、そこに暮らす人間との関係において調査研究を行い、改善策を提案することもできる。また、さまざまな領域に活用されているGIS(地理情報システム)も研究対象である。

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