|卒業生インタビュー| 28歳の若さで、五つ星ホテルが擁するフレンチビストロのスーシェフに。現場のトップに立てた原動力は、向上心と努力、人への思い。

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|卒業生インタビュー|
28歳の若さで、五つ星ホテルが擁するフレンチビストロのスーシェフに。現場のトップに立てた原動力は、向上心と努力、人への思い。

2020.06.23

提供:辻調理師専門学校

|卒業生インタビュー|
28歳の若さで、五つ星ホテルが擁するフレンチビストロのスーシェフに。現場のトップに立てた原動力は、向上心と努力、人への思い。

辻調理師専門学校 調理技術マネジメント学科から辻調グループのフランス校への留学を経て、2010年に卒業した駒路さん。28歳の若さで、セントレジスホテル大阪のフレンチビストロ「ル ドール」でのスーシェフの経験を経て、現在は、同ホテルのイタリア料理店「ラ ベデュータ」で料理長を務めてます。日本の魅力ある食材を日々探求しながら創作し続ける駒路さんにお話しを伺いました。

この記事をまとめると

  • 高校3年になる直前に自分の将来について改めて考え、憧れていた料理人への夢の一歩を踏み出す。
  • フランスへ留学したおかげで今の僕がある。辛くても頑張ることができる原動力となった。
  • 人とのつながりが最も大切。気持ちがわかれば、さらに思いも強まる。

高校3年になる直前に自分の将来について改めて考え、憧れていた料理人への夢の一歩を踏み出す。

◇|駒路さんは同校を卒業後に、ミシュラン三つ星レストラン「HAJIME」に就職。修業を重ね、五つ星ホテルであるセントレジスホテル大阪のフレンチビストロ「ル ドール」へ。その後、ザ・リッツ・カールトン大阪のフランス料理店「ラ・ベ」を経て、2016年「ル ドール」に復職。現在は、セントレジスホテル大阪のイタリア料理店「ラ ベデュータ」の料理長を務める駒路さんに、28歳の若さでスーシェフを任された「ル ドール」での経験を伺った。

 「ル ドール」では、僕のすぐの上司がイタリアンの料理長兼総料理長だったので、スーシェフでありながらも料理はすべて僕が考えていました。2017年の6月にフランス人の料理長が退職したあと、毎日のように試食に来た総支配人が僕を引き上げてくれたんです。外資系のホテルですし、日本人がトップに立つのは稀なことだったので、本当に光栄でした。ビストロですが、僕の提案で高価なコースを始めるなど、自由にさせてもらえました。

◇|「ル ドール」に招かれた2016年からは、コンテストにも挑戦するようになり、輝かしい結果を出している。同年の「食の都・大阪グランプリ」でファイナリストとなり、優秀賞を獲得。2017年には「サンペレグリノ ヤングシェフ2018」で日本代表候補の10人にも選ばれた。

 自分の考えやテクニックがどう評価されるのか、立ち位置を知りたくてコンテストに挑戦し始めました。その結果がスーシェフを選ぶ判断材料にもなったようです。コンテストに出ると一つ一つの料理を極限まで突き詰めて考えるので、非常に勉強になるうえ、自分のスペシャリテ(看板料理)も生まれます。多くの貴重な経験をさせてもらっていますが、もともと僕は器用なタイプではないんですよ。だけど専門学校時代は仲間の刺激を受け、練習はたくさんしていました。刺激し合える仲間の存在は大きかったです。

◇|駒路さんは幼少期からテレビに映る料理人の姿に憧れて、小学校の卒業アルバムにも「コックになる」と夢を記していた。しかし高校は、進学校の特進クラスで、周りのクラスメイトと同じように大学へ進学すると思っていた。けれど、高校3年になる直前に自分の将来について改めて考えるとともに、幼い頃の夢を思い出したという。

 親に「コックになりたい」と相談したら、僕の意志を尊重して「やりたいようにやれ」と言ってくれました。でも、進学校の特進クラスでは、専門学校へ進む生徒がいなかったこともあり、先生には猛反対されましたね。「将来のためには、絶対に大学に行ったほうがいいから、とりあえず大学に行け」と、言われ続けていました。そんな先生とFacebookでつながったんですが、僕の投稿を見て「調理師学校に行って良かったね。誇らしいです」と、喜んでくれました。本当にうれしかったです。

フランス校へ留学したおかげで今の僕がある。辛くても頑張ることができる原動力となった。

◇|高校の先生の反対を押し切り、選んだ学校は、辻調理師専門学校。当時、同校で開設されたばかりの調理技術マネジメント学科2年制の第1期生となった。

 辻調理師専門学校を選んだのは、どうせならしっかりと学べる環境で勉強したかったから、学校の選択に迷いはありませんでした。入学当初は、どの料理のジャンルに進むかは考えていませんでした。でも、初めて受けたフランス料理の授業で「フォアグラのロッシーニ」を口にしたとき、世の中にこんなおいしい料理があるのかと、もうめちゃくちゃ感動してその時点でほぼ道が決まりました。

 卒業後はフランス料理のお店を経て、現在はイタリアンのお店ですが、今も和食や中華の技術を取り入れることもあります。他の料理のジャンルを知っているとアイデアを展開しやすいので、辻調理師専門学校で和洋中すべてを学べたことが今でも役に立っています。

◇|駒路さんが、在学中に初めて食べ歩きで訪れたレストランが、五つ星ホテルであるザ・リッツ・カールトン大阪のフランス料理店「ラ・ベ」だった。「将来はここで働きたい」とそう強く思い、渡仏の夢を親に相談したところ、「フランスに行きたいのなら、今のうちに行っておいた方がいいのでは」と後押しされ、辻調グループフランス校へ進学することになった。

 渡仏を親に後押しされなければ、留学せずにそのまま就職していたと思います。それに、留学したおかげで今の僕があります。フランス校でのさまざまな経験はもちろん、働き始めてからどんなに辛いことがあっても踏みとどまることができる原動力になったからです。フランス校まで行かせてもらえたのに、「ここで辞めたら親不孝。恩返しできない」と、必死に頑張ることができました。

◇|留学で一生の思い出となった体験は「ポール・ボキューズ」での研修だという。ミシュランの三つ星(レストランの最高評価)を50年以上も維持している一流店で、研修を受けたい一心で勉強し、見事に研修生に選ばれた。

 日本人は僕だけだったけど、研修生ではなくいち従業員として扱ってくれたことが、ありがたかったです。僕がやりたいと言ったことは全部任せてくれました。お店の代表料理でもあるスズキのパイ包み焼きやトリュフのスープも教わりました。

 オーナーシェフのボキューズさん(2018年1月没、享年91歳)は84歳だった当時も、毎日のように厨房をチェックしてスタッフとも積極的にコミュニケーションをとっていました。日本から持っていた本にサインしてほしいとお願いしたら、「もっとあるからあげるよ」とプレゼントしてくださるなど、フランクに接してもらえました。お店にはボキューズさんも含めM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)が4人もいたんですが、最後に「一緒に写真を撮ってくれませんか」とお願いしたところ、その全員を集めてくださって。本当に一生の思い出になる体験をさせていただけました。

人とのつながりが最も大切。気持ちがわかれば、さらに思いも強まる。

◇|フランスから帰国後は、大阪の「HAJIME」に就職。大学で電子工学を学び、エンジニアを経て料理人となった奇才、米田肇さんが2008年5月に開いたレストランだ。開業直後から注目を集め、その1年5カ月後にミシュランで三つ星を獲得し、大きな話題となった。

 「HAJIME」は、フランス校への留学前に食べに訪れた時に感動し、「帰ってきたらここで働きたい」と思っていました。学校で習ったクラシックな料理とは全然違うものを食べている感覚で、すごく印象に残っていたからです。それで帰国する3カ月ほど前にお店を予約し、「どうしても働きたい。話だけさせてください」と手紙を送ったら、予約当日に米田さんが会ってくださったんですよ。もともとは入れないと言われていたお店だったんですが、「ここまでする人間が今の時代、あまりいないから」と採用してもらえました。

◇|ミリ単位まで計算され尽された盛りつけが独特。形や配置にもこだわりが強い米田さんは、非常に繊細で厳しかったという。

 料理の美味しさはもちろん、右肩上がりに盛りつけると気分が向上するなどの心理的な影響も計算して盛りつけされていて、すべてが勉強になりました。怒られたらめちゃくちゃ怖いですが、きちんと理由を説明してくれるので、納得できるんです。それに、米田さんは、仕事とプライベートのオンオフの切り替えもはっきりしていて、休みの日に食べ歩きに連れて行ってくれたり、自宅でのホームパーティーに呼んでくれたりしました。怒るだけじゃなくモチベーションの上げ方も上手で、アフターケアも丁寧な人だったからこそ、みんなついていくんだなと感じました。米田さんの姿勢に、リーダーシップのあり方も学ぶことができました。

◇|「HAJIME」時代もさまざまな料理をもっと吸収したい、ビストロ料理も勉強したいと考えていたときに、次へのステップアップとなる転機が訪れた。

 食べ歩きで訪れたセントレジスホテル大阪のフレンチビストロ「ル ドール」に心を打たれたんです。料理はもちろん、オープンキッチンでお客様の反応が見られる設計やいきいきと働くスタッフの姿に惹かれました。「ここしかない」と感じ、料理長に直接、働きたいとお願いしました。実際に働きだすと、シェフ(ヴァンソン・ガドーさん)が僕の言ったことをどんどんやらせてくれる人で、メニューを考えさせてくれたり、考えた料理を採用してくれたり。その頃から自分の料理を考えるようにしていました。

◇|「ル ドール」からのさらなるステップアップとなったのは、ザ・リッツ・カールトン大阪の「ラ・ベ」だ。学生時代から働きたいという気持ちを持ち続けてきたが、倍率も高く容易に働ける店ではなかった。しかし幸運にも、そのチャンスが巡ってきた。

 声をかけてくれたのは、もともと「HAJIME」で働いてたスタッフです。働けるタイミングがあったら教えてほしいとお願いしていたところ、連絡をもらえました。周囲に自分の意志を伝えておくのは本当に大事ですね。「ラ・ベ」の料理は王道でありつつ、意外な食材も取り入れている。日本人受けする味の組み合わせで、間違いない味の法則はそこで学びました。

◇|さらに2016年には、あとを任せられる人を探していたという、前職場の「ル ドール」のガドーシェフからの要望で、声がかかった。料理を探究する一方で、マネジメントも経験してみたいと考えていた駒路さんは、復職を決めた。

 言われる前に自分から動いたり、言われたことを120%返すようにしたりと、ガドーシェフをサポートしていました。そんな当時の僕に信頼を寄せてくれたからこそ声をかけてくださったと思うと嬉しいです。僕が退職するときは、説得されました。でも、いざお店を移るとなったときには皆さん、「頑張ってこいよ」と送り出してくれたんです。やめてからもいい関係が続けられることは、とてもありがたいことです。だから僕も、部下がステップアップのために辞めるときには、活躍を祈って送り出そうと思っています。

 マネジメントに必要なことは、原価のコントロールや企画の提案など、一通りの流れを把握することはもちろん、若手の育成も大きな課題となります。だから、メニューを組み立てるときには、部下全員の意見を聞いて一部を取り入れるなど、若手が料理を考える機会をつくるようにしてきました。

◇|そして、現在は同ホテルのイタリア料理店「ラ ベデュータ」で料理長を務める駒路さん。料理の探究はもちろん、今でも人のつながりを大切にしている。

 学校や職場、コンテストの場など、これまでさまざまな場所で得てきた、人とのつながりは大事です。広がれば広がるほど、情報や食材、技術の幅も広がり、料理にも良い影響を与えてくれるからです。そして、つくってくれている人と対面して気持ちがわかれば、さらに思いも強まるでしょうからね。

 お客様との関係もそうです。直接のやり取りはもちろん、召し上がっている笑顔を見るだけでも、疲れが一気に吹っ飛び、意欲も高まります。進路に悩んだあのとき、料理の道を選んで本当に良かったと思います。料理人という仕事は、関わる人それぞれに喜んでもらえる、素晴らしい仕事だからです。

 ~profile~
|駒路 和司さん|
大阪府出身。辻調理師専門学校 調理技術マネジメント学科から辻調グループのフランス校へ。2010年卒業。

▽|イタリア料理「LA VEDUTA(ラ ベデュータ)」公式サイトページ|
 https://www.laveduta.stregisosaka.com/

【広告企画】提供 : 辻調理師専門学校

この記事のテーマ
食・栄養・調理・製菓」を解説

料理や菓子などの調理技術や、栄養や衛生などに関する基礎知識を身につけます。職種に応じた実技を段階的に学ぶほか、栄養士などの職種を希望する場合は、資格取得のための学習も必須です。飲食サービスに関わる仕事を目指す場合は、メニュー開発や盛りつけ、店のコーディネートに関するアイデアやセンス、酒や食材に関する幅広い知識も求められます。

「食・栄養・調理・製菓」について詳しく見る

この記事で取り上げた
「シェフ・調理師」
はこんな仕事です

飲食店をはじめとするさまざまな施設で、料理をつくる仕事。ジャンルによってフレンチ、イタリアン、中華、和食などに分けられる。また、仕事場も飲食店だけでなくホテル・旅館、さらに学校や企業・官公庁の食堂や病院など、非常に多岐にわたる。「食の安全」が重視されている昨今、調理師においても食材の品質に気を配ったり、衛生管理に細心の注意を払うことが、これまで以上に求められるようになってきた。責任も大きい半面、どの分野・職場でも大きなやりがいを得られる仕事である

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この記事で取り上げた
「料理研究家」
はこんな仕事です

料理の作り方を研究し、世の中に伝えていく仕事。基本的にはフリーランスとして活動する場合が多い。雑誌・テレビなどのメディアや独自に運営する料理教室で、オリジナルのレシピや効率的な料理法を紹介することが主な活躍の場。著名な存在になれば、食の商品プロデュースやレストランのメニュー開発なども視野に入ってくる。また、最近はインターネット上での情報発信から口コミで評判が広がり、注目を集めるケースもある。企業などに勤務する一般的な職業ではないため、いかに自分自身の特徴を出していけるかが成功の鍵となる。

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