やるべきことをやっていれば行くべきところにたどり着く・シェーファーアヴィ幸樹選手インタビュー

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やるべきことをやっていれば行くべきところにたどり着く・シェーファーアヴィ幸樹選手インタビュー

2020.03.16

提供:マイナビ進学編集部

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やるべきことをやっていれば行くべきところにたどり着く・シェーファーアヴィ幸樹選手インタビュー

205mという恵まれた体格で、昨年行われた世界大会でも八村塁選手と共に最年少で代表参加。これからの代表やBリーグでもさらなる活躍が期待される、滋賀レイクスターズのシェーファーアヴィ幸樹選手に、学生時代や代表時のお話などをいろいろと伺いました。

この記事をまとめると

  • U16代表との対戦機会が代表参加のチャンスに
  • 大学ではすごい選手ばかりの環境にモチベーションUP
  • 八村塁選手はライバルであり追いかける背中

U18代表に呼ばれたことで本格的にバスケの道を進もうと考えるように

―― バスケを始められたきっかけを教えてください。

中学までずっとサッカーをしていたのですが、入学した高校のクラブがあまり強いチームではありませんでした。1年生の時は所属していたのですが、どこか物足りなくて……。その時にちょうど勧誘されていたこともあり、バスケを始めてみました。高校の時に通っていたインターナショナルスクールはシーズン制なので、オフシーズンの間に別のスポーツをやるんですが、気軽に5対5をやるようになって、意外と楽しくなっていったんです。


―― バスケを本格的にやっていこうと思ったのは、アンダーの日本代表に呼ばれてからですか?

そうですね。初めてU18の代表に呼んでもらって、一番最初の大会でドイツに行ったときにアメリカ代表とも対戦して、意外と手応えを感じたというか。「バスケでやっていけるんじゃないか」と思って、そこからバスケを意識して進路を考えるようになりました。

―― そもそも代表に呼ばれたのはどういう経緯だったんですか?

インターナショナルスクールは、ウインターカップなど高校の大会に出られないので、そもそも代表関係者の方に観てもらう機会はありません。ただ、僕が所属していたクラブチームがU16の日本代表と試合をする機会があって、その時に代表のコーチだったトーステン・ロイブルさんが声を掛けてくれました。
僕は当時まだバスケを始めて間もなかったので技術的には代表なんてレベルじゃなくて、初めて呼んでもらったときもボコボコにされて全然何もできなかったんですけど。ロイブルさんはそんな中でも期待してくれて呼び続けてくれたので、本当に感謝しています。

勉強・バスケと忙しくすることで集中

―― インターナショナルスクール時代はどんな生活を送っていましたか?

僕はゲームが好きだったので、家に帰ったら友達とSkypeでゲームをしていました。勉強は物理が好きだったので、頑張っていましたね。僕の通っていたスクールは世界的に有名なIBプログラム(*)というのを導入していて、僕もIBプログラムを選択していました。僕は暇があるとそれこそゲームをやりすぎちゃったりルーズになってしまうので、勉強やバスケがあったりと忙しい方が集中できるんです。

*IBプログラム:グローバル化に対応できるスキルを身に付けた人材を育成するため、行われる国際的な教育プログラム。

―― 高校卒業後はアメリカの大学へ進学されました。大学生活はいかがでしたか?

まず環境に驚きましたね。設備から選手の扱い方まで本当にプロのような環境でした。選手のケアをしてくれるトレーナーがいたり、体育館が24時間使えたり、それも指紋認証で入れるんですよ。もちろん、ウエイトルームも完備されていて、それとは別に8,000人くらい入るきれいなアリーナもあって、それを見たときはびっくりしましたね。


―― 大学は強豪校だったためプレータイムがほとんどもらえなかった中で、モチベーションなどはいかがでしたか?

同じポジションに今スペインでプレーしているベン・ラマーズという選手がいたんですが、彼は僕が入ったときに4年生で、目標にしていました。ジョシュ・オコーギーのようなNBAレベルの選手もいましたし、試合に出ることができないもどかしさはありましたが、「こんな場所に俺がいるんだ」という今まで経験してきたものとは別格の環境がモチベーションになっていました。「このレベルでやれるようにとにかく頑張らなきゃ」という気持ちで毎日体育館に通っていましたね。
腐る暇もありませんでした。勉強も忙しかったですし、そういう意味ではレベルの高い環境に行って忙しくできたことは自分にとってよかったなと思います。


―― バスケの面で特に力を入れた部分はありますか?

ディフェンスはすごく鍛えられましたね。試合にはあまり出ていませんでしたが、練習では主力を相手に守ることが多かったので、もちろん簡単にやられたら怒られますし、そういう意味ではよく鍛えられました。あとはとにかく自分でできるシューティングや、ウエイトを頑張ってジャンプ力を上げるなど、そういうトレーニングは行っていましたね。


――同い年の八村塁選手とはどんな出会いでしたか?

最初に会ったのはU18のトップエンデバーだと思います。日本の高校バスケ界についてあまり詳しくない僕でも塁のことはさすがに知っていました。1on1をやって負けたんですけど、意外と競ったんですよね。当時の世代トッププレーヤーが集まる中でも、塁は圧倒的でしたね。同い年の選手たちも皆、一目置いているという印象でした。

やるべきことをやって、焦らず頑張れば大丈夫

―― 2017年のU19の世界大会では日本史上最高の10位という成績でした。この大会を振り返ってみていかがですか?

楽しかったですね。僕は塁の控えという立場でしたが、すごくやりがいのあるポジションだったのでとにかく楽しかったです。決勝トーナメントは僅差で負けてしまったんですが、世界トップレベル相手にやり合えた充実感もありました。それはもちろん、僕個人の力ではなくチーム全体の力なんですけど、チームの自信が僕自身の自信にもつながったのかなと思います。


―― アンダーカテゴリーとはいえ、国を代表する重みというものは感じましたか?

その時は国を代表してという実感はあまりなかったですね。とにかく楽しんでプレーしていました。それよりも2018年のフル代表のデビュー戦(韓国戦)が、初めて重みを感じた試合で、めちゃくちゃ緊張しましたね。

―― 昨年の世界大会ではどんな経験、収穫がありましたか?

もちろん、すごく大きな経験になりましたね。日本の世界での立ち位置を改めて知れました。上り調子で期待されていた中で大会に入って、コテンパンにやられたので。本当にまだまだ足りないんだなというのを改めて感じましたし、その中で僕はほとんど試合に出ることができず、負けるのを見るだけだったので、それはすごく悔しかったです。夏の世界大会ではなんとしても試合に出られるように、また出るだけじゃなく、チームに貢献できるようにという意識にはなりましたね。


――主力として活躍する八村選手や、近い年代の渡邊雄太選手の活躍をどう見ていましたか?

悔しかったですね。もちろん、彼らは圧倒的に上にいますけど、特に塁は同い年で少なくとも僕はライバルだと思っていますし、追いかける背中だと思っているので。そういう意味ではどんどん上に行かれているので、常に悔しいという思いはあります。ただ、もちろん塁の活躍や頑張っている姿はうれしいですし、悔しいのとうれしいのが半々くらいですかね。


――世界大会に出場するには、これから代表の座を勝ち取らないといけないわけですが、本番の舞台に立つイメージというのはできていますか?

そうですね。自分の立ち位置的には今やっていることは間違っていないと思うので、とにかくその精度を上げていくだけです。イメージはできていますし、めちゃめちゃ楽しみです。


――大会後もキャリアは続くわけですが、その先の展望などはありますか?

もちろん、海外でやってみたいという気持ちはあります。アメリカだけでなく、ヨーロッパでやってみたいとも思うので、そういう方向も選択肢には入れています。ただ、今はとにかく目の前の世界大会という感じで、先のことはそこまで考えられませんね。


――最後に、夢に向かって頑張る高校生にメッセージをお願いします。

僕のおばあちゃんがいつも、「You will end up where you belong.」(あなたがいるべき場所にたどり着く)という言葉を言っていて、僕自身焦って決断をしたこともあるんですけど、その時々でステップをちゃんと踏んで今いるべき場所にいます。常にサポートしてくれる人がいるので、気負わず、相談して、やるべきことをやっていれば行くべきところにたどり着くと思うので、焦らず頑張ってください。


【Profile】滋賀レイクスターズ シェーファーアヴィ幸樹選手

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