【高校総体・優勝】ウエイトリフティング 山梨県立塩山高等学校

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【高校総体・優勝】ウエイトリフティング 山梨県立塩山高等学校

2018.09.26

提供:マイナビ進学編集部

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【高校総体・優勝】ウエイトリフティング 山梨県立塩山高等学校

大接戦となった、インターハイ・ウエイトリフティング競技の105kg超級。前半の「スナッチ」(バーベルを頭上へ上げて立ち上がる種目)で2位だった村田優希選手(山梨県立塩山高校)が、後半の「ジャーク」(バーベルを肩まで上げて立ち上がり、頭上へ差し上げる種目)で逆転し、劇的な勝利を飾りました。優勝に秘められたドラマを、村田選手と顧問の木曽川章先生に聞きました。

この記事をまとめると

  • 最高のライバルとのハイレベルな戦いも、気持ちの強さで勝利した
  • 周囲の応援を味方に、苦しい試合も自分を信じて乗り切った
  • 監督と選手の密なコミュニケーションのおかげで、競り勝つことができた

最後まであきらめなかった、ライバルとの死闘

【村田優希選手インタビュー】

―― 優勝した感想をお聞かせください。

正直自信はありませんでしたが、3年間の集大成のインターハイで優勝できて嬉しかったです。父は泣いて喜んでくれました。

1kg差という接戦だった2位の選手とは何度も対戦していて、仲も良い大切なライバル。彼がいなければ、最後のジャークで152kgという重量は上がりませんでした。彼の存在も大きかったですね。


―― 優勝できた一番の要因は何だと思いますか?

最後まで首位を争った準優勝の選手との実力差はほとんどありませんでした。スナッチでは、彼が3回目の試技で118kgを上げたので119㎏に挑戦しましたが、わずかな差で時間切れに。1kgのビハインドで迎えたジャークの3回目で、相手を2kg上回る152kgを上げることができました。

優勝できたのは、最後まであきらめなかったことが一番大きかったと思います。そして、今まで支えてきてくれた家族や一緒に戦ってきた山梨県勢のみんなが応援してくれていたので、「絶対負けたくない」という強い気持ちで臨むことができました。

「自分ならできる」 大舞台でみせた勝負強さ

―― 一番苦しかった場面はありますか?

ジャークの2本目です。この時点でライバル選手が上げた148kgを上回る150㎏を設定しましたが、肩まで上げた時点で落としてしまいました。3本目で勝負をかけるしかない状況になり、苦しい場面でした。でも、「自分ならできる」と言い聞かせながら最後の試技を成功させることができました。


―― 勝利のために一番努力したことは何ですか?

3月の全国選抜で優勝した後、入部以来の課題だったフォームの改善に取り組んできました。今まではパワーに頼ってしまい、フォームが雑になっていた部分がありました。毎日の練習で、シャフトだけを使ってフォーム練習に取り組みました。

また、食生活も気にするようになりました。タンパク質を重視した食事を摂っていたのですが、それだけでは体調を崩しやすいことが分かったからです。さまざまな栄養をバランスよく摂取することで、体調管理もしやすくなり、結果につながったと思います。


―― 今回のインターハイ全体に対する感想を教えてください。

インターハイは、競技役員や地元の高校生など、多くの人が関わっている特別な大会です。観衆の数も多くて、試合前は緊張しました。でも、僕は応援してもらえると頑張れるタイプ。練習では上がらない重量も、なぜか試合だと軽く感じるんです。最後の試技も大きな声援の後押しで乗り切ることができてよかったです。

卒業後はウエイトリフティングを続けませんが、来年3月に控えている全日本ジュニアが今の目標。最後まで頑張りたいです。

厚い信頼関係が、インターハイでドラマを生んだ

【木曽川章先生インタビュー】

―― 優勝後、選手にどのような言葉をかけられましたか?

ジャークの2回目で150kgを失敗した後、最後の試技で152㎏を設定したのは、勝負をかけたギリギリの判断でした。成功させた村田は、舞台から降りるとき泣き崩れていました。その肩を支えながら、「よくやったな」「根性みせたな」とねぎらいの言葉をかけたと思います。

実は私は今年の春に赴任したばかり。ただ、県内の他校で指導していたので彼のことは知っていたし、中学の後輩にあたります。彼の人間性も手伝って、情熱を注いで指導してきたので、優勝の瞬間は強い喜びが湧きましたね。


―― 日頃の練習ではどのようなことに注意して指導されていましたか?

最も重視したのは、けがをさせないことです。村田は力強いリフティングスタイルの反面、身体が硬い選手。けがのリスクが高く、実際肘や膝の故障に悩まされてきましたから、良い意味でトレーニングをセーブさせてきました。

フォームがぶれているときなど、危険なサインを見逃さず、無理な重量はやらせない。これは指導者の鉄則です。本人は気持ちをつくって練習に臨んでいるので止めるのは心苦しいのですが、逆に状態の良いときにはとことんまでやらせる意識で指導してきました。


―― 一言で表現するなら、どのような選手だと思われますか?

非常に繊細。ちょっとしたミスを引きずったりする部分もあります。でも真面目だし、しっかり自分の意思を表現できる選手です。だからこそ、彼とは密にコミュニケーションを取ることを意識してきました。

インターハイでは、スナッチの3本目を上げた瞬間に時間切れになってしまい、村田はかなり動揺していました。バーベル自体は問題なく上げられていたので、「今失敗してないよな? 3本成功したよな? これで調子いいの分かっただろ」と前向きな声をかけることで、目の色が変わりました。彼が真面目だったからこそ、私のアドバイスを聞いてくれたのでしょう。それが、次のジャークにつながりました。


―― 今後、優勝した経験をどのように生かしてほしいと思われますか?

同じ優勝でも、「競り勝つ」のは本人の精神力が強くなければできないことです。今回の優勝は、村田が最後まであきらめないで頑張ったことで、ついてきた結果。壁にぶちあたっても、強い心を持っているということを忘れないで乗り越えていってほしいですね。

彼は理学療法士を目指しています。競技を経験しているからこそ、いいアドバイスもできるはず。困っている選手を助けられる療法士になってもらえたらいいなと思います。とにかく、自分が決めた進路に向かって頑張ってもらいたいですね。


わずか1㎏の差を競う壮絶な戦いの中、最後まであきらめずに勝負をものにした村田選手。最高のライバルの存在と周囲の支え、そして何より、木曽川先生との間に強い信頼関係があったからこそ、戦い抜くことができたのでしょう。互いを尊び、信じ、正々堂々と戦う。本当のスポーツマンシップが、そこにはありました。


【profile】山梨県立塩山高等学校
顧問 木曽川 章 先生
村田 優希 君(3年)

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