緊張すること、失敗することは恥ずかしくない! ボクシング・村田諒太さんインタビュー

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緊張すること、失敗することは恥ずかしくない! ボクシング・村田諒太さんインタビュー

2018.07.20

提供:マイナビ進学編集部

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緊張すること、失敗することは恥ずかしくない! ボクシング・村田諒太さんインタビュー

帝拳ボクシングジムに所属し、現WBA世界ミドル級王者であるプロボクサーの村田諒太選手。2012年に行われた国際的なスポーツの祭典では、ミドル級の金メダリストに輝きました。そんな村田選手は、果たしてどのような高校生活を送ってきたのでしょうか。その思い出や今につながるエピソードなどを、ご本人に詳しく伺いました。

この記事をまとめると

  • 主観的な世界では、世界大会もインターハイも変わらない
  • 高校で、卒業後も頼れる指導者に出会えた
  • 緊張するのは当然。とにかくぶつかっていくこと!

先生や仲間に恵まれた環境

――高校生の頃、どのような生徒でしたか?

私は体育クラスに所属していました。毎日6時半頃の決まった電車に乗って登校し、7時過ぎ頃から朝練。それから授業に向かい、授業が終われば部活して帰るという毎日です。朝練は顧問が来ないのですが、メニューはほぼ決まっていたのでみっちり取り組んでいましたね。

勉強については、現実的に捉えていました。例えば、評定平均が3以上なければ大学の推薦がもらえないので、基準をきっちり落とさないようにしていました。とはいえ、朝練後の授業は疲れていて、なかなか集中できません。でも、そこは先生の理解があって助かりました。

あとは、スキー合宿や体育祭なんかも楽しかったですね。体育祭では大縄跳びがあって、跳んだ分だけ体育の点数になるんですよ。だからクラスのメンバーが一丸となって大縄跳びに取り組みました。その結果、例年だと2年生の体育クラスが優勝していたのですが、その年は私たち3年生の体育クラスが優勝しました。あれは思い出に残っていて、今でも高校の同級生と会えば体育祭の話で盛り上がります。3年間クラスが変わらず同じ仲間と過ごすので、絆は強かったです。


――高校総体での思い出はありますか?

高校総体は、やっぱりすごく印象深いですね。1年生のときに京都代表だったんですが、近畿大会では負けてしまいました。そこで少し自信を失くしていたものの、初めてインターハイに出場して決勝進出。結果的に決勝では負けましたが、そのとき初めてボクシングで自信がついたのを覚えています。『ボクシングマガジン』という雑誌や京都新聞の記事に載って、とてもうれしかったですね。1年生のときはチームとしてインターハイ総合優勝も果たし、先生も喜んでいました。
高校2年生のときはメンバー的に総合優勝が難しく、個人で戦っていました。ベスト8の試合が3回あって、その初戦で相手を倒したとき拳を痛めてしまったんです。監督に手が腫れてしまったことを伝えると「打撲だ」と言われ、そのまま残り2試合に望みました。結果として優勝したのですが、拳は折れていました。「病は気から」ですよね。高校3年生ではキャプテンとして、「もう一度、総合優勝するんだ」と頑張ったものの総合準優勝。しかしこの結果も含め、とても思い出深いです。

今はメディアの前に立ったり、世界の舞台に立ったりしていますが、主観の世界で言えば当時と大差ありません。客観的に見れば、確かにすごい舞台だし緊張感も強いと思います。でも主観的に見ると、高校生で総合優勝を目指したり、目の前にいる強い相手に勝たなければいけなかったりする際のプレッシャーや緊張感と大きく変わらないんです。ですから、インターハイで緊張した気持ちは今でも持ち続けています。

先生の導きで迷いなく突き進めた

――高校時代、勝つために努力していたことはありますか?

高校2年のとき、選抜大会に出るための近畿大会の決勝で微妙な試合をしてしまいました。1年生のインターハイで準優勝していたから、ちょっと天狗になっていたんだと思います。その試合後は半年ほど、毎日、朝30分早く登校して約3km走ってから朝練するようにしました。今思えば、それくらい人一倍の負けず嫌いだったんですよね。

そして、何より私は指導者に恵まれていたと思います。高校時代の先生からは「村田は人一倍に頑張っていた」と言われますが、ただ監督の指示に従って一生懸命に取り組んでいただけなんです。

一方、3年生で任されたキャプテンという立場はとても難しかったですね。総合優勝に導けなかったのは、自分に責任があったと痛感しています。例えば私はチーム内で走るのが一番早かったので、常に一番前を走らなければいけないと思っていました。だから絶対に背中を見せようと意識していたものの、それだけだったんですよ。やっぱりチーム全体として、みんなで優勝しようという声がけや優しさが必要。私は強さこそあったものの、そういった優しさまで至りませんでした。もう少しチームがまとまって取り組めていれば、総合号優勝に手が届いたのではないかと思っています。


――高校時代の経験は、その後の競技人生にどんな影響を与えたと思いますか?

中学生までは守られている立場ですが、高校生になると自らの意思が求められてきます。その変化で経験したものはずっと印象深く続いていくものです。例えば世界戦で出た微妙な判定を何も言わず受け入れられたのも、恐らく高校時代に受けた監督からの教えがあったからこそ。そういう意味で、高校時代の経験は現在も含めてある程度は影響していると思います。

監督には卒業後もよくアドバイスをもらいました。大学に入ると環境が代わり、何をすれば良いのか迷いが生まれます。高校時代は3年間で4敗しかしなかったのに、大学では1年生だけで3敗。そんなときも、やはり監督に「どうしたら良いですか」とアドバイスを仰ぎました。その際に「自衛隊に行け」と言われ、大学の寮から近い朝霞駐屯地へ行って練習することにしたんです。厳しい環境に身を置くことによって自分を追い込みました。結果として、その年の全日本選手権で優勝。それ以後、国内では1回も負けなしで今まできています。

また、高校時代に得た人とのつながりも、今に続いていますね。京都で講演会をすれば、ほぼ高校のOBばかり(笑)。でもそれはOBが集まる機会を自分が作れているということで、同じ一人のOBとしてすごくうれしいことなんです。

緊張や失敗は恥ずかしいことじゃない

――高校生に向けて、メッセージをお願いします。

とにかく、ベストを尽くすだけ。緊張すること、失敗することを恥ずかしく思う必要はありません。学校や県などの代表という立場で舞台に立っていれば、緊張なんて当然です。むしろ一生懸命に取り組んできたからこそ緊張するわけですし、大舞台に立って堂々といつも通りできるなんて、むしろ一握りのはずですから。緊張したまま競技に向かう。それで良いんです。
とにかくやってみれば、そこで自分を知り、何かしら得るものが必ずあります。自分たちのやっていることに誇りを持って、臆することなくぶつかっていってください!



「高校生の頃を思い出してさわやかな気分になりました!」と笑顔で話してくださった村田選手。世界的な大会でもインターハイの試合でも、緊張感は変わらないというお話が印象的でした。インターハイに限らず、これからさまざまな大会や受験などに直面する高校生の皆さんも、「緊張しても良いからとにかくぶつかってみる」というアドバイスを参考にしてくださいね。


【Profile】プロボクサー 村田諒太

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