インターハイでの経験からプロの道へ テニス・美濃越舞さんインタビュー
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部活動でスポーツに力を注ぎ、中にはインターハイを目指している高校生もいることでしょう。しかしインターハイに出場できる選手は、厳しい練習を乗り越え試合を勝ち抜いてきた限られた人たちです。
強豪選手が集うインターハイで、2年連続決勝戦に進出し準優勝をするという素晴らしい成績を残したのが、現在プロテニスプレーヤーとして活躍する美濃越舞選手です。今回は美濃越選手に、高校時代やインターハイでの思い出についてお話を伺いました。
この記事をまとめると
- 日々目の前のことをきちんとこなしていた高校時代
- インターハイでの経験がプロの道を開くきっかけになった
- 時間を上手に使うことが、夢へ近づく一歩になる
忙しい毎日の中、目の前のことを確実にこなした高校時代
――高校生の頃、どのような生徒でしたか?
わりと普通に高校生活を送っていましたが、やはりテニス漬けの毎日でした。ただ私の場合、部活動でテニスの練習をしていたのではなくクラブチームで練習をしていたので、授業が終わったらすぐに移動するというバタバタした生活を送っていました。
たまたまクラブチームの中に同じ高校の選手が何人かいたので、練習場所へ一緒に移動したりして、部活動ではないけれど同じ高校のメンバーと練習をしていました。
平日はだいたい18時から21時ぐらいまで練習をしました。クラブチームにはジュニアの選手などいろいろな選手がいたので、ラリーをしたりコーチに球出しをしてもらうグループ練習を2時間ほど行った後、残りの1時間を走ったりコートの中でフットワークの練習をしたりするトレーニングに費やしました。
高校時代はただ流れに身をまかせて、目の前のことを確実にこなすことに専念をしていたように思います。
――インターハイでの思い出はありますか?
インターハイで印象深く残っている2つの試合があります。
一つは2年生の時に出場した奈良インターハイでの決勝戦です。同じ千葉県の選手と当たったのですが、とても身近な人と決勝戦で当たったので印象的でした。
もう一つは3年生の時、インターハイへ行く前の千葉県予選でのことです。2回戦ぐらいで
同じ高校の後輩とあたりました。予選の途中までは6ゲーム先取のワンセットマッチが適用されていて、その試合で私は立ち上がりが悪く0-3になってしまいました。結局勝つことができましたが、この試合に負けていたら私はプロになっていなかったと思うので、とても印象に残っています。
あとはインターハイ最後の年が沖縄で行われたのですが、沖縄へ行くのは初めてだったので、仲の良いメンバーで行けたことがとても思い出に残っています。試合が終わった後は、国際通りを散策したり、近くの海をブラブラしました。
インターハイの経験がなければ、プロになっていなかった
――高校時代、勝つために努力していたことはありますか?
実は私の父と姉もテニスをするので、クラブチームで練習する他に、父や姉と一緒に練習をしていました。とにかく球数をたくさん打つようにして、基礎的な練習を多くできたことは今につながっています。
――高校時代の経験は、その後の競技人生にどんな影響を与えたと思いますか?
私はインターハイに出場していなければプロになっていませんでした。優勝はできませんでしたが、2年連続インターハイへ出場して、2回の準優勝という結果を残すことができたからこそプロへ進む道が開けたと思っています。
また、高校生の頃から地道に積み重ねてきたものが現在も継続してできているので、そういうところが大切だと思いますし、競技人生に影響していると思います。
時間を上手に使って、自分が決めたことをしっかりやってほしい
――高校生に向けてメッセージをお願いします。
毎日目的を持って時間を上手に使い、自分で決めたことをしっかりやっていく積み重ねが大切だと思います。それができれば自分のやりたいことがうまくいって、夢や目標に近づくことができると思います。
そしてテニスを頑張っている高校生には、テニスは走らなければいけない競技なので、たくさん走ってフットワークのトレーニングをしっかりやること、球数をしっかり打つことが重要なので頑張ってほしいです。この2つをジュニア時代にしっかりやることで差が出てくるのではないかと思います。
実際にお会いした美濃越選手は、持ち味の粘り強いプレーをするスタミナがどこにあるのだろうと不思議なくらい華奢な方でした。しかし控えめに話しながらも、強い意思をしっかり持った女性だという印象を受けました。
「今後の目標は?」の質問に対して「グランドスラム出場」と答えて下さった美濃越選手。
さらなる活躍に期待したいですね。
【Profile】 プロテニスプレーヤー 美濃越舞