『西郷どん』で注目! 篤姫が人生の大半を過ごした大奥ってどんな場所?

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『西郷どん』で注目! 篤姫が人生の大半を過ごした大奥ってどんな場所?

2018.07.20

提供:マイナビ進学編集部

『西郷どん』で注目! 篤姫が人生の大半を過ごした大奥ってどんな場所?

今年のNHK大河ドラマ『西郷どん』。かの西郷隆盛が主人公ということもあり、民放各局のクイズ番組や歴史バラエティ番組などでも、幕末の偉人たちに再びスポットライトが当たっていますよね。ドラマ序盤で、西郷は篤姫に仕えることになります。篤姫は今からちょうど10年前、やはり大河ドラマの主人公となって人気を博したこともあり、バラエティ番組内でもよく取り上げられています。数々の逸話を持つ彼女が、その一生の大半を過ごした場所といえば、大奥。大奥とは、一体どんな場所だったのでしょうか?

この記事をまとめると

  • 大奥には、1,000人の女中が仕えていた
  • 世界の後宮で大きな権力を持つこともあった「宦官」の存在
  • グローバル化が進む現在だからこそ、是非、学んでおきたい「比較文化学」

「大奥に美女1,000人」は本当?

大奥では、アシスタント的な役回りだった部屋方(へやかた)と呼ばれる女性を含めると、実際に1,000人ほどの女中が何らかの形で徳川将軍家に仕えていました。(*1)

なぜ、そんなに大勢の人数が必要だったのでしょうか?

時代によって将軍の妻の人数はまちまちですが、江戸時代は一夫多妻制。御台所(みだいどころ)と呼ばれる将軍の正室を筆頭に複数の側室が存在し、さらに彼女たちが産んだ将軍の子どもたち、将軍の生母や姉妹などもそこに暮らしており、また、彼女たちに仕える御殿女中、その女中をサポートする女性なども数多(あまた)存在したため、それだけの人数が必要だったわけです。

大奥は、女性のみの手によって支配されている大規模な官僚組織です。大奥で働く女性たちは大きく分けて、将軍に目通りが許される御目見(おめみえ)以上、逆に許されない御目見以下、そして、彼女たちを支える前述の部屋方(へやかた)の3つに分類されていました。さらに、部屋方以外の女中は20以上の階級に細かく分かれており、その中の最上位の位についていたのが上臈御年寄(じょうろうおとしより)です。(*2)将軍の権威に箔をつけるために半ば強制的に嫁がされた皇女・王女や公家のお姫様に随行してきた女官や公家の女性が、名誉職としてこの位につくことが一般的でした。それ故に、二番目の階級でありながら武家出身の女性がその地位に付いていた御年寄(おとしより)が、大奥の実権を握っていたのです。ちなみに、御年寄は役職名であり、高齢者でないとその地位に就けないというわけではないんですよ。

*1…『大奥と後宮 愛と憎悪の世界』実業之日本社(石井美樹子著)より
*2…『徹底図解 大奥』新星出版社(榎本秋著)より

外国にも、大奥のような場所はあったの?

日本国外にも大奥と似通った場所は、当然、存在しました。いわゆる“後宮”と呼ばれるものです。

大陸文化は、中国⇒朝鮮半島⇒日本という流れで伝わったものが多く、日本の朝廷の位階制度や後宮制度などに中国や朝鮮のそれと共通部分があるのもそのためです。

そんな中国・朝鮮はもちろん、一部国土がヨーロッパ大陸にも及んでいる遠く離れたトルコ(オスマン帝国)まで、どこの皇宮・王宮にも“後宮”は存在していました。特にトルコには現在でも観光スポットとして有名なイスタンブールのトプカプ宮殿内に、皇帝の母后・夫人・女官たちが同居する後宮が存在していました。ただし、アジアの“後宮”と大奥を含む日本の“後宮”では決定的に異なる点があったのです。その違いとは、宦官(かんがん)の存在です。

後宮内で君主の奥さんと男女の関係にならないよう、去勢された男性官僚・宦官。しかし、君主の生母、奥さん、ときには君主そのものに上手に取り入るものなどが後を絶たず、宦官は大きな権力を得ていくことになります。特に、皇帝や国王の子女が幼いときから同じ宦官や女官に世話をされていると、親子と似た感情を抱いてしまうことがあり、ときには宦官が国を動かす権力を持つこともありました。もちろん日本の大奥でも、春日局をはじめとする将軍の世継ぎの乳母が大きな権力を持つことはありました。ただ、アジアの“後宮”との違いは、大奥は最後まで女性の手のみで統率され続けたところです。

地形により文化が変わる!?

宦官、ちょっと衝撃的な存在ですが、なぜ日本には彼らのような男性が存在しなかったのでしょうか?

地続きの国の場合、他国と戦争をすると捕虜として捕えられた兵士が去勢され宦官にされてしまう、ということが珍しくありませんでした。しかし四方海に囲まれた島国の日本は他国に侵略されるという歴史がほとんどなかったのです。また、単一民族(同一血族)、農耕民族の日本では種を絶やす文化自体がほとんど存在しない傾向にあるといった理由から兵士を去勢させる必要も無く、日本民族には宦官が生まれようがなかった……など諸説あります。

アジア諸国の後宮では、“男子禁制”という名のもと、去勢した宦官が女性の世話をしていたわけですが、宦官のいなかった日本の大奥では男性の出入りは一切なかったのでしょうか?

“大奥は男子禁制”というイメージを持たれている方は少なくないかと思いますし、建前上、そう言われてはいたのですが、実際のところは違いました。将軍が出入りできるのは言うまでもありませんが、大奥で育つ将軍の男の子ども、さらに、大奥にいる女性たちや将軍の子女が体調を崩したときに診察をしていた御殿医も男性、大奥の男性通行をチェックするお広敷の役人も男性であり、また、女中たちに仕えるアシスタント的な男性までもが存在していました。さらに驚きなのが、一般人の大奥見物ツアーまで行われていたなど、意外と身近に男性がいたといわれています。(*3)

このように国が違えば、後宮制度の捉え方においても、違いや共通点があったことが分かります。

「いつ、何が起こった」ということをただ覚えるだけでなく、それが起こった経緯・背景についてもしっかりと学んだ上で、他国の歴史・文化・言語などと比較をするという奥深い学問が比較文化学です。グローバル化が加速度的に進む現在において、この学問の注目度は ますます高まっていくと思います。
興味のある方は、是非、関連書籍などを読んでみてはいかがでしょうか?

*3…『徹底図解 大奥』新星出版社(榎本秋著)より


【参考】
中国史に必ず登場する「宦官」の恐ろしき実態 特に明王朝の腐敗っぷりがヤバイ……|武将ジャパン
https://bushoojapan.com/scandal/2017/05/11/98985

TravelBook【トルコ】栄華を極めたオスマン帝国スルタンの居城 世界遺産「トプカプ宮殿」
https://www.travelbook.co.jp/topic/624?p=2

『宦官』中公新書(三田村泰助著)

『大奥と後宮 愛と憎悪の世界』実業之日本社(石井美樹子著)

『徹底図解 大奥』新星出版社(榎本秋著)

この記事のテーマ
文学・歴史・地理」を解説

文学は、長い歴史のなかで変遷してきた人間の生活や社会、人々の考え方や感情の変化などを、文章表現をもとに考える学問です。文献を読み解いて比較検討し、過去から現在、さらには未来に至る人間のあり方や社会について研究します。地理学や歴史学は、今日の私たちの生活や文化、経済活動などについて、基盤となった地形や気候、史実やさまざまな事象、最新の研究結果や歴史的な遺構をもとに、その成り立ちから考える分野です。

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この記事で取り上げた
「比較文化学」
はこんな学問です

グローバル化する世界に対応するため、国や民族ごとに異なる文化を比較しながら、相互に理解し合えるような基盤づくりをめざす学問。比較研究する文化の内容としては、歴史、言葉、芸術、ライフスタイルなどがある。また、他国や多民族の文化を比較研究するには自国の文化を深く知らなければならない。したがって、日本文化についても理解を掘り下げていく。それと同時に、相互理解を図るのに欠かせない外国語の習得など、言語運用能力も磨いていく。

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