【シゴトを知ろう】猿の調教師 ~番外編~

日本では数百年にわたって猿の芸が楽しまれてきました。しかし、1960年(昭和35年)に道路交通法が施行されたことなどにより、猿まわしはいったん消滅。その後、山口県で「周防猿まわしの会」が創設され、猿まわしは復活しました。
今回は村崎英治さんに、長い歴史を持つ猿の調教師の仕事を通して、芸をする猿の秘密や猿と調教師の関係性について教えていただきました。
この記事をまとめると
- 猿の芸は調教師次第。人間が教えるのではなく、猿に教えてもらう気持ちが必要
- 調教師は猿の小屋の近くに住み、緊急時にはすぐに駆けつける
- 猿まわしで何よりも大切なことは、調教師と猿との信頼関係
猿にはどんな芸でもやりこなせる無限のポテンシャルがあった!
――猿まわしのお猿さんはどこから連れてくるのでしょうか?
「周防猿まわしの会」は現在、熊本県の阿蘇と山梨県の河口湖に常設の劇場を持っています。それぞれの劇場の敷地内に野生とほぼ同じ環境で過ごせる猿山を設けていて、そこで生まれた赤ちゃん猿を1年たった頃に芸猿(猿まわしで芸をする猿)として育て始めます。
猿山はお客さまが自由に観覧できますし、餌をあげることも可能です。
――芸猿として育てる前に、1年間野生の環境に置く理由について教えてください。
秘伝の技術があるので詳しくはお話できませんが、猿まわしではお猿さんを人間の世界に引き込むのではなく、人間が猿の世界に入っていくという考え方で調教します。だから、人間が猿の世界の規律に従うことが基本です。猿が本来持っている野生の力を引き出すためには、猿を野生で1年間過ごさせることが重要なのです。
また、「周防猿まわしの会」では、猿に教えるのではなく、あくまでも猿に教えてもらうという謙虚な気持ちで調教しています。
――猿まわしの芸をする猿はどのようにして選ぶのでしょうか?
実は、芸をするための猿を選んでいるわけではありません。なぜなら、調教師が信頼関係をしっかりと築いて正しく調教を行えば、どんな猿でもかなりの芸ができるようになるからです。
猿まわしはあくまでもお猿さんが中心で、そこに人間が合わせる姿勢が大切です。人間は決して猿の前に出てはいけません。
お猿さんはどんな芸でもやりこなせる無限の可能性を持っています。ですが、お猿さんがもともと持っている能力に差はなくても、教える調教師側には能力の差があります。ですので、同じお猿さんでも、ベテラン調教師がパートナーになれば5段のはしごを飛び越えられるのに、新人調教師だと2段しか飛べないようなことはよくあるんですよ。
共に芸に励む猿は、パートナーであり我が子のような存在
――お猿さんと調教師の相性はありますか?
猿まわしの芸は、猿1頭・人間1人がコンビとなります。相性はあるかもしれませんが、今まで考えたこともなかったです。
でも、コンビを組むと確実に愛着を感じます。調教師はみんな、自分の子(コンビを組むお猿さん)が一番かわいいと思っていますよ(笑)。一緒に芸を覚えていくパートナーであり、惜しみなく愛情を注ぐ子どものような存在でもありますから、相性よりも愛情ですね。
――1日のスケジュールの中でお猿さんと一緒に過ごす時間について教えてください。
基本的にはお猿さんと一緒に過ごすのは練習の時だけで、寝食を共にするほどではありません。練習は1日に2、3回で1回30分と決められていて、短い時間に集中して行います。
練習以外では遊ぶ時間を大切にしています。特に子猿のときは、一緒にたくさん遊んで信頼関係を築きます。
――調教師の方たちは猿舎の近くに住んでいるのでしょうか?
調教師は全員、猿まわし劇場の敷地内にある寮で共同生活をしています。食事も自分たちで作って一緒に食べます。お猿さんの小屋の近くに住むことで、何かあったときすぐに駆けつけてお猿さんを不安にさせないことも大切なんです。
実際、2016年4月に発生した熊本地震の直後は、調教師たちはそれぞれのパートナーであるお猿さんのところに行って、車に避難させました。
猿まわし芸の失敗は全て、猿ではなく調教師の責任
――お猿さんに対して絶対にやってはいけないことは何でしょうか?
お猿さんは病気で足が悪い場合などを除いて、なんでもできる可能性を持っていて、その可能性を引き出せるかどうかは人間にかかっています。
調教師が新人の時には、お猿さんに対して「なんでできないんだ!」「なんでやらないんだ!」と理不尽に怒ってしまうこともありますが、それは絶対にやってはいけないことです。体罰などもってのほかです。
――優れた猿の調教師になるためには、どんなことが重要でしょうか?
全ての責任は自分にあると思うことです。お猿さんの芸がうまくいかなかった場合、その原因はお猿さんではなく人間にあります。だから、どんな状況でも動じないでどんと構えている必要があります。
また、何より大事なのは信頼関係です。たくさんのお客さまが見ている舞台で芸を行うお猿さんは、不安な気持ちを持つことがあります。「私がいるから安心しなさい。何かあったらすぐに助けに行くから大丈夫!」という気持ちを伝え、安心感を感じてもらえるかどうかですね。
「猿に教わる」「猿ではなく人間に能力の差がある」といったお話がとても印象的で、村崎さんからは猿への深い愛情を感じることができました。
猿の調教師の仕事においては、何よりも猿との信頼関係が欠かせないようです。将来、動物と触れ合う仕事がしたいと考えている人は、猿の調教師の仕事を選択してみるのもいいかもしれませんね。
【profile】周防猿まわしの会 調教師 村崎英治
周防猿まわしの会 http://www.suo.co.jp/
阿蘇猿まわし劇場 http://www.aso-osaru.com/
河口湖猿まわし劇場 http://www.fuji-osaru.com/
取材協力:周防猿まわしの会
この記事のテーマ
「動物・植物」を解説
ペットなど動物や観賞用の植物に関わり暮らしに潤いを提供する分野、食の供給や環境保全を担う農業・林業・水産業などの分野があります。動物や植物の生態や生育に関する専門知識を身につけ、飼育や栽培など希望する職種に必要な技術を磨きます。盲導犬や警察犬、競走馬、サーカスの猛獣などの調教・訓練や水族館や動物園で働く選択肢もあります。
この記事で取り上げた
「猿の調教師」
はこんな仕事です
日本の伝統芸能である「猿まわし」を行う調教師である。猿にさまざまな芸を仕込んで観客の前で披露する。芸の質のためにも、動物愛護の観点からも、猿を人間の大切な芸のパートナーとして接する心が求められる。商業施設やテーマパークなどでのイベントショー、ストリートでの大道芸パフォーマンス、ドラマやバラエティー・映画・CMなどに出演する場合もある。資格などは特に必要ないが、猿まわしを行う興行団体などで経験を積んでから、猿まわし芸人として芸能プロダクションに所属して活動するケースが多い。