【シゴトを知ろう】舞台衣装 ~番外編~

ステージや舞台で激しく動いたり踊ったりするパフォーマーのコスチュームを作る舞台衣装の仕事は、服に対する考え方も仕様も、通常の洋服の制作とは大きく異なります。今回は舞台衣装プランナーの摩耶さんに、ファッションやものづくりに日頃からどのように向き合っているのかを中心に、お話を伺いました。
この記事をまとめると
- 舞台衣装はパターンも縫製も通常の洋服とは異なる特殊な仕様で作られる
- デザインから完成までを一貫して行う、アトリエワークがしたかった
- 一流のプロと共に仕事することで、ものづくりの姿勢や意識の高さを学んだ
演目の設定・テーマ、演出家の要望を踏まえてゼロからオリジナル衣装を作り上げていく
――舞台衣装の仕事の一連の流れについて教えてください。
舞台のプロデューサーから依頼を受け、衣装のテーマ説明や、関連資料などを提供いただきます。この時点ではイメージはまだほとんど決まっていません。
1回目の演出家との打ち合わせまでには、自分なりに作品の時代背景を調べたり、イメージを膨らませるなどして、おおよその衣装の方向性やイメージを思い描き考えてあります。その後衣装のデザイン画を描き起こし、パターン(*1)を起こします。
スケジュールとしては、舞台に登場する全ての衣装を役者に着せ、演出家に見せる「衣装パレード」に間に合うように制作を進めます。衣装パレードはフィッティング(試着)も兼ねており、ここでデザインやサイズの修正をし、その後も調整を繰り返しながら、より良い衣装を完成させていきます。
*1パターン:洋服を作るとき、型に合わせて生地(布)を裁断できるよう、洋服の一部の形を切り抜いたり印刷した型紙のこと
――こうした一連の作業には、どれくらいの時間がかかるものですか? また、1つの舞台では何着くらいのオリジナル衣装を制作しますか?
案件によってさまざまですが、早いものですと半年前、遅くても本番の2カ月前くらいににはデザイン画を完成させます。1つの演目のキャストの人数に応じて、15〜20着程度制作することが多いですね。
ファッションに対する考えが定まったフランス留学
――パリでの留学時代についてお聞かせください。
同級生は当初20人ほどいたのですが、卒業時には3分の1に減っているほど大変でした。ただ私にとっては楽しく、刺激の多い日々でした。
学校が終わった後は、メゾン(*2)でインターンをしました。長期休暇中もほぼ毎日休みなくメゾンで働いていましたね。特に夏休み期間はパリ・コレクションの準備の時期と重なるので、とても忙しかったです。
フランスで学ぶことは、自分の気質に合っていたように思います。日本では一人前になるまでは逆らわず黙って従うという気風が強いですが、フランスでは学校でも会社でもかなりディスカッションをします。むしろ自分なりの意見をきちんと持って発言できない人は生き残れないという印象でした。
また、世界各国からファッションを志す人が集まってくる場所なので、いろいろな人との出会いにも刺激を受けましたね。
*2メゾン:フランスのファッション業界における店や会社のこと
――メゾンでのインターンでは、どんな仕事をされたのでしょうか?
私は、留学中に3つのメゾンを経験し、パリ・コレクションに出品する製品などのパターンや縫製といった制作に関する仕事をしました。
日本では、コレクション製品の実制作はサンプル工場に発注しますが、フランスでは定番のジャケットなどを除いては、アトリエでデザインから完成まで、皆でディスカッションをしながら作り上げていくのが普通です。こうした制作チームの中の一員として働いていました。
――3年間の留学を経て帰国され、フリーランスとして活動を始められました。どのようにして仕事の幅を広げてこられたのでしょうか?
20代の頃は、衣装係を請け負う会社でのアルバイトなど、複数の仕事をしながら食いつないでいました。かなり苦労はしたかなと思います。お米が買えなくって食パンを食べていた時期もありました(笑)。この業界は生き残るのが厳しく、同世代の仲間が何人も業界を去って行きました。そのような中で、私も始めは小劇場の舞台衣装の仕事をしていましたが、仕事をする中で知り合った方々が私のことを宣伝し、関係者につないでくださったことで、今に至っています。
一人では到底こんなに長くは続けてこられなかったと思います。とてもありがたいことだと思います。
――苦しい時があってもフリーを貫かれてきたんですね。
帰国したばかりの時期には就職活動もしましたが、日本のファッション産業はほとんどが完全分業制。自分が希望していた、デザインから仕上げまでを同じ場所で一貫して行う「アトリエワーク」ができる会社には出合えませんでした。そのため、日本企業に就職することはやめ、いざとなれば海外へ行って再出発しよう!と思っていました。
今は、人を幸せにする服をもっと広く届けるためにも、私の仕事や服作りをサポートしてくれる人たちとの協力体制を整え、日本に限定せず世界中の人に私が作る服で幸せになってもらいたいと思っています。
――創造力を高めるために気を付けていること、普段から取り入れていることはありますか?
創作するときはひたすら紙と向き合うしかありません。常に新しいものを出していかなくてはと思っているので、以前やったことのあるものしか生み出せなくなった時が怖いなと思います。
そのため、好きな絵画や映画を見てインスピレーションを得ることが多いです。他にも、インターネットでファッションショーの画像を見たりしています。ファッション業界の流れをつかんでおくことも大事ですし、今の時代の感覚をできるだけ作品にも生かしたいと思っています。
舞台衣装は通常の洋服とは機能・用途・目的が異なる
――舞台衣装を作る上で気を付けていることはありますか?
表現者は舞台上で激しく動き回ったりダンスしたりするため、衣装の可動域を広くするなど、普通の洋服とは仕様が異なります。舞台上では照明にさらされるので暑さ対策も必要です。
飛んだり跳ねたりした時にいかに身体を美しく見せるかも大切ですし、演目によって観客に与えたい印象が変わるため、素材の選定も変えなければなりません。
表現者の中には糸の始末一つを気にするような、繊細で神経質な方もいらっしゃいます。こうした配慮や調整が多く入るため、特別な縫い方をしています。
一流のプロと共に仕事をする中で自らのプロ意識も鍛えられていった
――これまでで特に印象深かった仕事について教えてください。
10年以上お仕事させていただいており、つい3日前もご一緒したのですが、国内外で活躍するダンサー・振付師の森山開次さんとの出会いは自分にとって大きな転機でした。
森山さんに出会って、作品に対する思いや、「ものをつくる」感覚の素晴らしさに衝撃を受けました。ものをつくるとはどういうことかを教えてくださった特別な方です。彼と仕事することで、私もプロとしてちゃんとものをつくっていきたいと思いました。
他には商業演劇で自分がメインとして衣装担当をした仕事が、ターニングポイントになりました。
芸能人なども多く出演する規模の大きい商業演劇は、劇団の仕事とは比べものにならないほど要望も多くて、制作が追いつかず、本番の直前まで縫っていました。劇場で出してくれるお弁当を食べる時間もなかったです(笑)。
なんとか間に合わせた後お客様の評判もとても良かったと聞き、達成感を感じましたね。
このことがきっかけとなり商業演劇の世界でもっと勝負したい、質の高い仕事をもっとしていきたいと思いました。私の転機になった仕事です。
「私にとって、服は単なる商品ではありません。元気がない時も、この服を着れば一日幸せな気分で過ごせる、そんな力を持ったものです。」と摩耶さん。自分のやりたいスタイルを貫いてファッションの仕事に打ち込む摩耶さんの作る衣装は、これからも多くの人を勇気づけてくれるに違いありません。
【profile】Atelier P. of S. 代表 舞台衣装プランナー 摩耶(まや)
Atelier P. of S. http://atelier-pofs.co.jp/
この記事のテーマ
「音楽・イベント」を解説
音楽や舞台を通じて、人に楽しい時間や感動を与える仕事です。作詞・作曲・編曲などの楽曲制作、レコーディングやライブでの音響機器の操作、演劇やダンスなどの演出、舞台装置の操作など、職種は多岐にわたります。この分野の仕事をめざすには、作品制作や企画立案のスキル、表現力を磨くことが必要です。
この記事で取り上げた
「舞台衣装」
はこんな仕事です
ミュージカルや演劇、バレエ、コンサート、映画、イベントなどで、役柄に合わせパフォーマーを引き立てるコスチュームやステージ衣装を作る仕事。主にストーリーや役柄に合わせてデザインするデザイナーと、制作担当(パタンナー・縫製・装飾)に分かれる。公演中には、衣装の管理や修理を担当することもある。また、服飾技術やセンスだけでなく、時代背景や照明下でのカラーコーディネートの知識も必要とされる。多くは劇団や衣装制作会社に所属するが、実務経験を経て独立する人もいる。