【シゴトを知ろう】天文雑誌編集者 ~番外編~
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ギリシャ神話の世界に惹かれて天体へ興味を持つようになり、天文雑誌『星ナビ』の編集部に入った藤田陽実さん。世界の星空をめぐる旅の経験も豊富ですが、「星を見ることが特別じゃなくなればいい」と考える藤田さん。それはどういうことなのでしょうか。また、意外な天文ファンあるあるネタについても伺いました。
この記事をまとめると
- 編集者は文章のプロとして目上の方の原稿にも意見しないといけない
- バランスよく広く物事を見ることができ雑誌を作ることができる人が成功する
- 高校生の頃から天文関係の場に顔を出し、人のつながりを増やしておくと良い
意外とロマンチストではない
――天文雑誌編集者のあるあるエピソードを教えてください。
天文ファンはロマンチストだと思われることが多いのですが、全然そんなことありません。「星を見るのが好き」という天文ファンの男性がいたら、すてき! 一緒に連れて行って!と思う女性もいるかもしれませんが、実際に連いて行ったらうんざりするのではないでしょうか(笑)。みなさんが想定する鑑賞時間はせいぜい30分程度だと思いますが、天文ファンは一晩中星を見ていたいんです。寒いし眠いしトイレもその辺で済ませることになるし、ロマンとはかけ離れていますね。
天文学者も手の届かないものを追い続けているという点ではロマンチストかもしれませんが、実際に見ているのは星空ではなくパソコンのモニターだったりします。私たち編集者の仕事も何時間もパソコンに向かって延々とメールを書いたり調べものをしたり画像の整理をしているのが日常で、全くロマンチックではありません。「星空の下でプロポーズしました」という漫画のようなエピソードも聞きません……(笑)。
――そうなんですか(笑)。そうはいっても星には神秘的なイメージがあります。映画の題材になることも多いですよね。
そうですね。星や宇宙をテーマにした映画は多いので、誌面で取り上げることもよくあります。でも我々天文マニアはつい突っ込みを入れてしまいます。「あの彗星の軌道はおかしい」「太陽の周りを回っていないじゃないか」とか……。本筋とは関係のない部分が気になってしまってストーリーに集中できなかったりします(笑)。
――一緒に見に行く人はちょっと大変かもしれませんね。でもそういう見方ができると面白さも倍増しそうですね。
そうなんです。宇宙のことを知らなくても星空は楽しめますが、知ったらもっと楽しめます。最近は一般の方も楽しめる天体観測イベントが盛り上がっていますが、本当は星を見ることが特別ではなくなればいいのにと思うんです。
都会は照明過多で星が見えづらくなっています。意識を変えて余分な照明を減らしていけば、わざわざ遠くへ出かけなくても家から星空を楽しめるようになります。落ち着いたライトアップがつくる洗練された町並み。それがこれからの時代の目指すべきところではないかと思っています。照明デザイナーさんと協業するなどしてぜひ取り組んでいきたい課題です。
――日常的に星を楽しむ人が増えるとすてきですよね。一方で天文ファンの方は非日常な星空を求めて海外に行くこともあるのでしょうか?
私は旅行が好きなのですが、星空を目当てに行き先を決めることはよくあります。これまでに印象に残っている旅はエジプト・インド・オーストラリア。いずれも日食を見に行きました。
特に面白かったのはインドのガンジス川のほとりで見た日食です。普段以上に人があふれかえって混乱していましたが、太陽が隠れた瞬間にワーッと盛り上がったときの一体感は忘れられません。ちなみに日食の時は新月なので星もよく見えるんです。日食と星を一緒に楽しむというのも天文ファンあるあるの一つです。『星ナビ』でも世界の星空をめぐる旅の特集は好評です。
――天文ファンの聖地のような場所はあるのでしょうか?
ニュージーランドのテカポ湖は世界中の天文ファンが目指す場所です。南半球なので、みなみじゅうじ座のように日本では見られない星を見ることができることも魅力です。みなみじゅうじ座は沖縄へ行けば見えますが、南の方へ行くほど高く見ることができるんです。逆に北極星は南へ行くほど低く見えます。緯度が変わると星の見え方が変わるので、星を追って旅すると地球は丸いということを実感できますよ。
星座の線の結び方に決まりはない!?
――この仕事をしていて一番驚いたことは何ですか?
この仕事をする前は星の本を書いている先生は神様のような存在であり、その人の書いたものに手を入れるのは畏れ多いことだと思っていました。
でも文芸誌ではなく天文雑誌ということもあってか著者は必ずしも文章のプロではありません。研究者の方だと論文を書くことには慣れていても雑誌向きの文章ではないという場合もあります。編集者がどんどん意見を言っていいんだということには最初は驚きました。
また、編集部では用語の統一など、読者が気付かないようなレベルまでチェックしていることにも驚きました。念入りに校正を重ねても「そこを見落とす?」というような大きな間違いほど意外に最後まで気付かないということも驚きでしたね。
――業界用語のようなものはありますか?
『星ナビ』だけで使っていると思いますが、「藤井結び」という用語があります。星座を紹介するときに星と星を便宜上線で結びますが、実は星座は領域だけが定められていて線の結び方は自由なんです。日本では天体写真家の藤井旭さんが基準にしていた結び方が一般に広まっていて、それを私たちは藤井結びと呼んでいます。皆さんが見てきた星座の図鑑なども恐らく藤井結びが多いのではないでしょうか。
海外の本や、日本でもプラネタリウムによっては違う結び方をしていることもあり、「いろいろな星座の結び方があるなあ〜」と気付けると面白いと思います。自分だけのオリジナルの線の引き方をして楽しむのもいいですね。
週刊誌の見出しが参考になることも
――普段の生活や趣味などが仕事に生きることはありますか?
私は記事のタイトルを考えるのが苦手なのですが、月刊誌や週刊誌の見出しは電車の中吊り広告を見るだけでも勉強になります。簡潔にして読む気を起こさせるタイトルの付け方はさすがだなと思います。
電車の車内広告にも面白いものがあり、斬新なキャッチコピーにインスピレーションを受けることがあります。全く分野の異なるおしゃれな雑誌を見てレイアウトの参考にすることもあります。
――この業界で成功しているのはどんな人ですか?
バランスがいい人ですね。雑誌全体を見るという意味でも、天文業界や天文研究の全てを見るという意味でも、物事を広く見ることができる人です。
マーケティング視点も大切です。読者のニーズを捉え、手に取って買ってもらえるものを作ることができる人ですね。
人脈も大事です。天文雑誌は天文学者さんや科学館・プラネタリウムの職員さん、写真を提供してくださるアマチュア天文家の皆さんなどに支えられてできています。高校生の頃からそうした施設や天文同好会などの場に顔を出して、人のつながりを増やしていってほしいなと思います。生意気なことを言ってもまだまだ許される年齢ですから(笑)、その特権をぜひ生かしてください。
藤田さんによると、天文ファンは外に出るとまず無意識に空を見上げるのだとか。藤田さん自身も星空を眺めるときは何も考えていなくて、頭の中がリセットされる時間になっているそうです。星の趣味が環境問題など意外な分野への関心につながるというのも面白いですね。皆さんも今晩から空を見上げて星を探してみてはいかがでしょうか。
【profile】株式会社アストロアーツ 星ナビ編集部 藤田陽実
http://www.hoshinavi.com/
この記事のテーマ
「自動車・航空・船舶・鉄道・宇宙」を解説
陸・海・空の交通や物流に関わるスキルを学びます。自動車、飛行機、船舶、鉄道車両などの整備・保守や設計・開発、製造ラインや安全の管理、乗客サービスなど、身につけるべき知識や技術は職業によってさまざまで、特定の資格が求められる職業も多数あります。宇宙については、気象観測や通信を支える衛星に関わる仕事の技術などを学びます。
この記事で取り上げた
「天文雑誌編集者」
はこんな仕事です
天文の専門雑誌に掲載する記事を企画する仕事。読者は天文に詳しい人だけでなく、興味があってもそれほど詳しくはない初心者も多いため、編集者は、単に天文や宇宙に関する専門的な情報を掲載するだけでなく、分かりやすく魅力的な企画を立てることが求められる。天文雑誌の編集者も、企画提案・取材・執筆する点ではほかのジャンルの雑誌編集者と同様だが、話を聞くだけでなく、自ら望遠鏡で観測することもあるので、学校の天文部に所属するなど、天体観測を趣味にしている人が望ましい。