【シゴトを知ろう】表具師 編
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掛け軸や屏風、巻物などの歴史の研究資料は、美術品としても貴重なものです。そういった紙でできた美術品を仕立てたり修復したりする人を、「表具師」といいます。今回は京都にある藤田月霞堂で表具師として働く間部ななせさんに、仕事の内容ややりがいを伺いました。
この記事をまとめると
- 和紙を剥がす作業は難しいが、きれいに修復できたときの感動は大きい
- 高校生のころから美術館に通い、工芸品への理解と関心を深めていた
- 歴史のある表具を扱うときには、その歴史を想像する楽しみがある
長い歴史のある表具はお客様の大切な思い出
Q1. 仕事の内容を教えてください
私が勤める工房では、掛け軸や屏風、巻物といった、紙や布を用いる「表具」の仕立てと修復を手作業で行っています。私は、主に修復をしています。
表具は、絵が描いてある「本紙」の裏に、2〜5枚の和紙が補強の目的で貼られています。こうして補強することを「裏打ち」といいますが、裏打ちの和紙を全て剥がし、本紙についた汚れを水や薬品で落としていくのが、基本的な修復の流れです。汚れだけではなく、破れている部分や折れている部分、虫に食べられてしまった部分もあるので、それぞれの痛みに適した方法で修復していきます。そして、本紙の修復を終えたらまた和紙を重ねて仕立てていき、ようやくきれいな状態になるんです。
Q2. 仕事の楽しさ・やりがいを感じるときを教えてください。
裏打ちの和紙を剥がすことすら難しそうな、ボロボロになった本紙の修復を依頼されたときは「お客様の手元に戻るとき、どんな風に仕上がっているだろう」と、わくわくします。想像だけでも楽しいですが、実際に修復を終え、完成したものを見たときには、「ここまで美しく修復できた!」と、自分の想像を上回る完成度にうれしくなることもありますね。
また、歴史のあるものはお客様にとっても思い出深いものなので、修復を終えお返しするときに「こんなにきれいになったんだね」とよろこんでもらえると、感動もひとしおです。
Q3. 仕事で大変なこと・つらいと感じることはありますか?
裏打ちの和紙を剥がしているときは、本紙を傷つけないようかなり神経を使うので大変です。早いときには20〜30分で終える作業なのですが、状態が悪いときには1日以上かかってしまいます。そんな日はずっと同じ体勢でいるため、気付いたら身体中が痛くなっているんです(笑)。少し歩こうと思って、仕事帰りに散歩することもありますよ。私は、工芸品だけではなく神社やお寺を見ることも好きなので、京都の街をぼんやり歩くだけでも息抜きになるんです。
就職活動中に、掛け軸の修復過程を見て表具師の仕事に興味が湧いた
Q4. どのようなきっかけ・経緯でその仕事に就きましたか?
小さなころから、工芸品や美術品の修復を特集しているテレビ番組を家族で見ていました。高校生になって、「自分のしたいことはなんだろう」と考えたときに、その番組のことを思い出したんです。それから美術館に足を運び、ずらりと並ぶ工芸品を見て、「どうしたらこんなに美しいものができるんだろう?」と興味を持ちました。それがきっかけで、漆(器などの塗料になる樹液)を使った技法を勉強できる大学に進学しました。
さまざまな工芸品、美術品の中から表具を選んだのは、就職活動中に、現在勤務している工房を見学したのがきっかけです。初めて掛け軸の仕立て方や修復の技術を目の当たりにして、表具師の仕事に惹かれました。
Q5. 大学では何を学びましたか?
大学では、漆を使って模様を描く「蒔絵(まきえ)」の勉強をし、自分の手で工芸品を作る難しさと楽しさを知りました。卒業制作では、重要文化財に指定されている秋草蒔絵歌書箪笥(あきくさまきえかしょだんす)の図案を模倣したのですが、精巧な作りのため非常に手間がかかった一方で、制作を終えたときは大きな達成感がありました。
また、大学の実習は曜日ごとに先生が変わるシステムでした。先生によって教えてくれる制作の方法が違ったので、どの方法がこの制作には適しているのか、常に考える習慣がつきました。今の仕事でも修復の方法はさまざまなので、大学時代に養った判断力が生きていると思います。
Q6. 高校生のとき抱いていた夢が、現在の仕事につながっていると感じることはありますか?
小さいころに見ていたテレビ番組の影響もあり、デザイン科のある高校に通っていました。高校で、デッサンや色彩学の勉強をしていくうちに、「芸術関係の仕事に就きたい」とは考えていましたが、表具師になるとは思っていませんでしたね。しかし、高校生のころから芸術に触れていたので、平面に絵を描くことよりも立体を作る方が自分は好きなんだと、早いうちから気付くことができました。その気付きは、その後の大学選択に役立ったと思います。また、祖母が機織り(はたおり)や刺し子をする姿を見ていたので、そういった自宅での経験も、今につながっていると感じますね。
歴史のある表具が自分の元に来た経緯を想像している
Q7. どういう人が表具師に向いていると思いますか?
もの作りや、手作業が好きな人は向いていると思います。加えて、歴史に興味がある人だと、表具師の仕事をより楽しいと感じるはずですよ。私も、高校生のころから美術館によく行っていましたし、今でも興味のある展示や美術館の情報はもれなくチェックしています。
Q8. 高校生に向けたメッセージをお願いします
表具師は、自分が生まれた瞬間よりもずっと昔に作られた古い表具を扱います。自分の手元にある表具たちが、今までどんな人に所蔵され、どんな風に飾られたのか。そして、今生きている人の記憶にはもちろん、教科書や史料にも残されていない事実をどれだけ見てきたのか、と想像する楽しさがある仕事です。
表具師の仕事に興味が湧いた人や、表具師を目指している人は、表具に含まれる品にはどんなものがあるのかを調べ、会社や工房に見学に行ってみるといいかと思います。実際に作業を見ると、自分が働いている様子をよりイメージしやすいですよ。
家族で見ていたテレビ番組から工芸に興味を持ったと語ってくれた間部さん。自宅や普段の生活にも、将来の選択につながるきっかけがあるのですね。
皆さんにもつい見てしまうテレビ番組や雑誌があるのではないでしょうか? 勉強とは関係のないものだと分けて考えるのではなく、自分の興味が何に向いているかを自覚すると、自分のやりたい仕事を見つけるきっかけになるかもしれません。
【profile】藤田月霞堂 間部ななせ
この記事のテーマ
「建築・土木・インテリア」を解説
建築や土木に関する技術を中心に学ぶ分野と、インテリアコーディネイトなどデザインを中心に学ぶ分野の2つに大きく分かれます。資格取得のために学ぶことは、建築やインテリアの設計やプランニングに必要な専門知識、CADの使い方などが中心です。どちらの分野も依頼主の要望を具体化できる幅広い知識とコミュニケーション能力も求められます。
この記事で取り上げた
「表具師」
はこんな仕事です
ふすまや障子、掛け軸など、紙を利用した建具を和紙や布、のりを使って仕立てたり、修復をしたりするのが表具師の主な仕事。「経師(きょうじ)」と呼ばれることもある。一般家庭にもあるもの、芸術的価値のあるもの、美術品など、扱う対象は多岐にわたり、細かな手作業で新調や張り替えを行う。伝統を継承していく仕事でもあり、技能士の資格を持つ職人は多い。国家資格である「表装技能士」の1級、2級のほか、「伝統工芸士」の資格を持つ職人もいる。