【シゴトを知ろう】紬職人 編

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【シゴトを知ろう】紬職人 編

2017.07.26

提供元:マイナビ進学編集部

【シゴトを知ろう】紬職人 編

紬(つむぎ)とは、繭から長い生糸(*)が引き出せない「くず繭」を広げて真綿をつくり、この真綿からつむぎ出した紬糸で織られた絹織物の総称。結城紬、大島紬と並んで日本三大紬と称される上田紬は、良質の紬糸を惜しみなく使った丈夫でデザイン性の高い織物として有名です。紬に関わって300年以上の歴史を持つ上田紬の工房と小売店「藤本」の3代目・佐藤元政さんに、伝統工芸の世界について詳しく伺いました。

この記事をまとめると

  • 伝統工芸品はその土地の地域性や環境、気候と密接に関係しながら発展してきた
  • 近年は原材料の確保が難しくなっている
  • 伝統のある工芸品だからこそ、新しいことに挑戦しないと廃れてしまう

上田という街の特性から生まれた紬のものがたり

Q1. 仕事概要と一日のスケジュールを教えてください

もともと上田には養蚕(ようさん)ができるような充分な土地がなかったことから、蚕(かいこ)の卵をつくる蚕種(さんしゅ)の産業が盛んになりました。蚕の卵をつくるということは、蚕が繭に穴を開けて外に出て交尾をして卵を産む訳ですから、穴の開いた繭が大量に出るということ。繭玉というのはああ見えて1本の絹糸がずーっとつながって繭になっているので、穴が開いた繭は1本の絹糸が取れない出殻繭、つまり「くず繭」になります。そこで上田では出殻繭を使った「紬」の製造が盛んになったという経緯があります。江戸時代、絹の生糸を使った織物を着られたのは高貴な人たちだけで、紬は庶民のおしゃれ着でした。いまだに「紬はよそ行きにならない」「普段着」と言われるゆえんは、ここにあります。

当工房では上田紬の製造・卸・販売までを手掛けていて、私自身もデザインから設計、糸染め、織りまで行います。色や柄、染めなどにさまざまな規制がある紬ですが、上田を含む信州では各生産者の個性を生かした自由な気風があり、分業をせず各工房の職人が全ての工程を手がけているのも大きな特徴です。

一番悩ましく時間がかかるのがデザインで、これさえ決まってしまえば設計は2~3時間で終わります。設計というのは考えたデザインを織る際、どこに何の糸を何段織るかなど指示するものです。また紬は基本的に先染めといって、先に糸を染めてから織りの作業に移ります。糸が用意できたら、あとは織り子さんに発注して織ってもらうか、機械で織ってできあがりです。糸染めと染めた糸を乾かすのに約1週間、織り子さんが一反を織るのに約2週間かかると考えて、紬一反の準備と仕上がりまで、デザインを考える時間を除けば全工程3週間~1カ月程度です。

また織物は静電気が大敵で、乾燥しているところで糸を紡いだり機を織ると糸が切れやすくなります。ですから湿度の高い雪深い地域において、農作業ができない冬の間の女性の仕事として織物が盛んになったという背景もあります。こんな風に伝統工芸品というのは、その地域性や環境、気候などと密接に関係しながら発展してきたのです。

*生糸:蚕がつくる繭から取れる繊維が絹で、繭から引き出す長い糸を生糸という。

<1日のスケジュール>
9:00 出社、事務処理や設計などの製造業務
17:00 工場が終業
18:00 店舗が閉店
19:00 帰宅(忙しい時期は夜中まで仕事することも)

着物離れよりも深刻な素材の仕入れにくさの問題

Q2. 仕事の楽しさ・やりがいは何ですか?

一番悩みが多くて、同時に楽しいのはデザインを考えている時ですね。一番売上に直結する部分でもありますから、かなり真剣に悩みますし、自分がデザインしたり設計した商品が売れているのを見ると本当にうれしいです。デザインに関しては、もっと勉強しておけばよかったと心底後悔しています。普段からファッシン誌などはもちろん、ネットで洋服やテキスタイルのデザインをたくさん見て、デザインのヒントを常に探しています。

着物が売れなくなっている今、ライバルはほかの着物屋じゃないと思うんですよ。着物ユーザーを奪い合ってもあまり意味はなくて、普段高級ブランドを身につけているようなファッション系の人たちなど、全く違うフィールドの人に着物を買ってもらえるようにならないとダメですよね。


Q3. 仕事で大変なこと・つらいと感じることはありますか?

原材料、特に紬糸の仕入れがしづらくなっていることは、差し迫った問題だと思っています。僕が若い頃は、糸は「いつでも仕入れられるもの」でしたが、今は仕入れに時間がかかりますし、質が下がって値段が高い傾向があります。紬糸をつくるために必要な真綿づくりと真綿から糸を紡ぎだす作業は機械ではできないので、人間の手で行います。そのため品質の高い物をつくるには熟練の技が必要なのですが、紬糸の輸入先である中国は経済発展が著しく、中国国内で人件費の安い地域に生産地が移転するなどして熟練工が減ってしまいました。また紬糸は日本の一部の業者しか買わないため、売上の向上が難しく生産量が減少しています。

ならば日本国内で糸をつくればいいと思うかもしれませんが、衰退してしまった養蚕農家は国内でも300軒程度。その職人たちの平均年齢は70歳以上、となると高品質の商品を大量に生産することは難しいのが現状です。日本人の着物離れや職人の高齢化など、着物を取り巻く環境は厳しいですが、まさか原料の調達の心配をしなくてはいけない日がやってくるとは思いもしませんでしたね。


Q4. どのようなきっかけ・経緯でその仕事に就きましたか?

そもそも私が生まれたのは、1661年(寛文元年)に長野県で最初に蚕種の製造販売の仕事をはじめ、絹に携わり続けて350年以上という家系の家。でも父からは意外にも「苦労ばかりで儲からないから継がなくていい」と言われていました。だからという訳ではありませんが、高校にも行かずに家にこもって読書やゲームに没頭する時期がありました(笑)。その後、仲の良い友人たちが大学に進学していくのを見て、このままではいけないと思い、大検を受けて大学へ進学し、一度は料理人の道へと進みました。日本料理の基本的なことを学んで次の店へと移るタイミングで父に相談したとき、「お前のルーツは紬なのだから、知っておくことはプラスになってもマイナスになることはないんじゃないか」と言われ、軽い気持ちで家業を継いだという経緯です(笑)。

10年間商売が続くということは、相応の変化をしているということ

Q5. この仕事に就くために何を学びましたか?

日本料理の学校で教わった盛り付けの配色や配置などはデザインに生きていますし、日本文化を学んだことも今の仕事につながっていると思います。

この仕事を継ぐことにしたのはいいのですが、紬の事は何も知らなかったので工場長の下で糸の選別から機織りまですべて教えてもらいました。でも一度外の世界を見てきたことは自分の糧になっていると感じますね。


Q6. 高校生のとき経験したことが、現在の仕事につながっていると感じることはありますか?

さきほども言いましたが、高校での思い出はほとんどないのですが…(笑)。もしこれを読んでいる高校生の中に、家業を継ぐか継がないかで悩んでいる人がいたら、何でも好きなようにやってみたらいいと思いますよ。継ぐにしても、継がないにしても外の世界を経験することはとても大切なことですから。ただ、その家業が数百年続く老舗でもラーメン屋さんでも、10年間商売が続けられるということがどれだけすごいことかを考えてみたらいいと思います。商売というのは常に変化を求められる非常にシビアで厳しい世界。飲食店でも世間が求める味や業務形態に変化させる必要がありますし、紬の仕事だって今の時代に合う新しいものを提案し続け、常に変化していなければ、すぐにつぶれてしまいます。そう考えると親のすごさ・偉大さが分かって、家業というものへの考え方も変わってくるでしょう。

伝統工芸だからこそ求められる“新たな挑戦”

Q7. どういう人が紬職人に向いていると思いますか?

細い絹糸を扱い、織るという細かな仕事をコツコツと同じテンションで続けなければいけないので、「根気がある人」「黙々と同じことを続けられる人」が向いていると思います。絹という高価な品物を扱いますし、織りではミスが許されませんからね。

例えば途中で経糸(たていと)が切れたり、目を飛ばしたときなどは、なるべく早く気づいて対応することが大切なのですが、織りに集中し過ぎていると気づかずにどんどん織り進めてしまうことがあります。私はあまり集中力がないのでちょうどいいんですけど(笑)、あまり一点に集中し過ぎるよりも、常に全体を見渡せる人の方が間違いに早く気がつくようです。ちなみに目を飛ばしたときは、間違えた箇所まで機(はた)を逆に動かして戻ってやり直します。これだけでも「根気強さ」を試されるような気がしますよね。

工芸品である紬に関わる仕事は、若い人たちから見ると「伝統」とか「古くから伝わっているもの」というイメージなのかもしれませんが、カビが生えたような「伝統」なら捨てなければいけないんです。これから100年、200年と継承してもらわなければ消滅してしまう訳ですから、形を変えながらでも残していくことが何よりも重要です。上田紬として逸脱しない範囲で、どこまで許されるかというギリギリのラインを攻めつつ、今の生活にあった新しい商品・新しいデザインに挑戦しなければ伝統工芸品は廃れる一方です。なので、意外に思われるかもしれませんが「チャレンジ精神がある人」も向いていますよ。

私の父も以前は上田紬の生地で洋服をつくるという新たな領域に挑戦した人でしたし、私も紬生地にプリントを施すという分野を開拓中です。ただ絹の生地自体も安くはないのに、そこにさらにプリントをかけると商品単価が上がってしまって、日常着である「紬」という範囲を超えてしまう……簡単ではありませんが、試行錯誤を繰り返して新たな商品を開発中です。


Q8. 高校生に向けたメッセージをお願いします

先ほども言いましたが、自分の思う通りに生きてみたらいいですよ。今の日本なら何とかなりますし、親のスネだってかじるためにあるんですから(笑)。現状が辛いなら、逃げられるならどこまでも逃げていくという選択肢があることを覚えていてほしいです。「逃げる」というのは、将来使えるはずの貯金を使っているという落とし穴もあるのですが、若いうちは踏ん張り方が分からず、人に相談することもできなくて自滅することがあります。一生のうちにはどこかで踏んばらなければいけない場面が必ず訪れるので、そこで踏ん張るための知恵と力を蓄えているのなら、逃げるのも良いと思います。



代々続く老舗の若旦那である佐藤さん。お話しを聞いてみると、紆余曲折を経て、この伝統工芸の世界に飛び込んだことが分かります。着物離れや材料の仕入れにくさなど、伝統工芸品である紬を世に提供し続けることはさまざまな困難も伴うようですが、だからこそ深刻になり過ぎず、前向きに、新たな風を取り入れながらお仕事に取り組まれる姿が印象的でした。上田という土地に生まれた、歴史と文化と女性たちの思いを背負った伝統工芸品「紬」。この機会に美しい着物に込められた、人々の手仕事の魅力を触れてみてはいかがでしょうか?


【profile】紬職人 佐藤元政
信州きもの 上田紬 藤本 http://ueda-fujimoto.jp/

この記事のテーマ
デザイン・芸術・写真」を解説

デザインは、本や雑誌、広告など印刷物のデザイン、雑貨、玩具、パッケージなどの商品デザイン、伝統工芸や日用品などの装飾デザインといった分野があり、学校では専門知識や道具、機器を使いこなす技術を学びます。アートや写真を仕事にする場合、学校で基礎的な知識や技術を身につけ、学外での実践を通して経験やセンスを磨きます。

「デザイン・芸術・写真」について詳しく見る

この記事で取り上げた
「紬職人」
はこんな仕事です

絹の紡ぎ糸で織られる「紬」をつくる職人。紬は日本に古くから伝わる織物で、その歴史は約1300年を数える。完成するまでには「糸紡ぎ」「絣括り」「機織り」など30以上もの手作業の工程が必要。したがってそれぞれを専門家が担当する分業制でつくられている。紬職人とは、そうした専門的な職人の総称。日本各地に独特の紬が存在するが、とくに大島紬や結城紬は有名で、結城紬は国の重要無形文化財にも指定されている。また、結城紬の生産地の一つである栃木県小山市には紬織物技術支援センターがあり、次代を担う後継者を育成している。

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