【シゴトを知ろう】南極観測隊員 ~番外編~

小学生の時、映画『南極物語』(1983年/日本)を見て南極に憧れた森川博久さん。医師になる夢をかなえたことによって、南極行きを実現することができました。
2016年2月から2017年2月まで、第57次南極地域観測隊越冬隊(30名)の一員として南極に滞在した森川さんに、南極での生活や極地ならではの自然現象についてお話を伺ったので、番外編としてご紹介します。
この記事をまとめると
- 南極生活は大変!? 体調を管理するための「南極ルール」、一日中明るい白夜対策とは?
- 休みは夏は週1日、冬は週2日。散歩やヨガ、俳句など思い思いに趣味を楽しむ
- 少人数で日々を過ごす南極観測隊員は、お互いのちょっとした変化に敏感
1m先も見えないブリザードに命の危機を感じる
――南極で活動をされていて驚いたことは何ですか?
やはり寒さですね。気温が低いことによって起こるさまざまなことに驚きました。気象現象や天文現象はもちろんのこと、例えば充電器の電源コードが凍るので、少し引っ張るだけで中の銅線が切れてしまったり、素手で金属に触るとくっついてしまって離れず凍傷になったり、ちょっとした思いがけないことがたくさんあります。
他には、ブリザード(暴風雪)の数の多さです。1m先が見えない屋外に出ると底知れぬ恐怖に襲われ、南極は人が住める場所ではないと実感します。こんな環境の中で生き残った『南極物語』の樺太犬タロとジロを心の底から尊敬しますね。
また、事前のイメージとのギャップがあったのは、オーロラです。写真や映像で見るオーロラは鮮やかでダイナミックに動いていましたが、実際のオーロラは雲のように淡い色で、動きも大抵は非常にゆっくりです。たまに激しく動くオーロラが見えた時は、「見たかったのはこれこれ!」と思いました。
あと、昭和基地では夏は意外と暖かいんですよ。体を動かす作業をしていると暑くて、トレーナーを着るだけで十分な時もあります。夏は雪が溶けて地面が現れるので、基地の中を歩くと泥だらけ、砂だらけで、真っ白という南極のイメージからは程遠かったですね。
――体調管理はどのようにしているのでしょうか?
毎日食事で顔を合わせるので、隊員の健康状態は本人もしくは周りの隊員から情報が入ってきて、早めに対応することができます。また、お酒を飲みすぎないように、人にお酒を注がないという「南極ルール」があります。
白夜の時期は夜になっても明るいので、夜の時間帯は部屋の遮光カーテンを閉めて暗くします。体内リズムは太陽光でリセットされるため、常に明るいと体内リズムが狂ってしまうからです。
日本国内にいるときと同じように、よく食べてよく寝ることも大事ですね。越冬中はブリザード後の除雪でよく動くので運動不足にはなりませんが、ブリザードが来ないと運動量が減るため体重が増えると言う隊員もいますよ。
今日は30℃!? 南極の気温はマイナスが標準です
――南極地域観測隊の方が使う用語や南極ならではのエピソードがあれば教えてください。
気温を伝える時にマイナスはつけません。「今日寒いな。30℃くらいいってるんじゃない?」と言った時、「30℃」は「マイナス30℃」を表しています。
他には、A級ブリザード(*)を略して「Aブリ」と言ったり、週2回開店する無料バーの閉店後や開店日以外の日にバーでお酒を飲むことを「自主バー」と言ったりしますね。「自主」には、自発的にという意味と後片付けや掃除を自分たちでしなければならないという意味があります。
南極観測隊員のよくあるエピソードとしては、財布をどこにしまったのか忘れる人が多いことです。なぜなら、お金を使う機会がないから(笑)。
他には、車両のエンジンをかける時はクラクションを1回、前進する時は2回、後進する時は3回鳴らすというルールがあるのですが、日本に戻ってからもつい癖でやってしまう人がいるそうですよ。
*A級ブリザード:暴風雪を意味するブリザードは、視程や平均風速、継続時間によってAからCまで階級がつけられいて、A級は最も激しいブリザードを意味している。
――南極地域観測隊員の方の休日はどのようになっていて、皆さん何をされているのでしょうか?
夏期間(10~4月)は週休1日で日曜日が休みです。冬期間(5~9月)は昼が短いのと仕事量自体が少ないので週休2日で、土曜日と日曜日が休みになります。日曜日に除雪などの作業が入った場合は、自分でスケジュール管理をして平日に代休を取っていますね。
休みの日は景色のいい野外に出かけたり、部屋でのんびりしたり、喫茶店(夜はバー)でお茶を飲んだりしています。楽器を弾く人やヨガ、囲碁、ボードゲームをする人、俳句を読む人など、それぞれが趣味を楽しんでいます。
干渉しすぎず、でも気遣い合う南極観測隊員たちの結束
――南極地域観測隊員にはどんな性格の方が多いですか?
過酷な南極の地に自ら志願して来る人たちなので、細かいことはあまり気にしない人が多いと思います。また、閉ざされた世界で同じ顔ぶれで1年間生活する狭いコミュニティなので、お互いに息が詰まらないよう、他の隊員にはあまり干渉しないですね。
一方で、みんな面倒見がいいので、お互いのちょっとした変化にはよく気がつきます。体調が悪そうとか元気がないとか、医師の私よりも先に気づいて教えてくれることもあり、非常にありがたかったですね。
冬の間は飛行機も船も近づくことができない厳しい環境で1年間の任務を担っている南極地域観測隊員だからこそ、仲間を思い合ったり自分の趣味を大切にしたりして、バランスを取りながら生活しているんですね。
森川さんのように医師としてだけではなく、気象や生物の研究者、土木や機械のエンジニアとして隊員になることもできますし、女性でも越冬隊員として活躍している人もいます。南極での隊員の様子は国立極地研究所のホームページに公開されていますので、南極観測隊員に興味のある人は、ぜひチェックしてみましょう。
【profile】第57次日本南極地域観測隊越冬隊 医師(家庭医) 森川博久
国立極地研究所 南極観測のホームページ http://www.nipr.ac.jp/jare/index.html
昭和基地NOW!! http://www.nipr.ac.jp/jare/now/index.html
写真提供:森川博久さん
この記事のテーマ
「環境・自然・バイオ」を解説
エネルギーの安定供給や環境問題の解決など、自然や環境を調査・研究し、人の未来や暮らしをサポートする仕事につながります。また、自然ガイドなど、海や山の素晴らしさと安全なレジャーを多くの人に伝える仕事もあります。それぞれ高い専門性が求められる職業に応じて、専門知識や技術を学び、カリキュラムによっては資格取得や検定も目指します。
この記事で取り上げた
「南極観測隊員」
はこんな仕事です
南極大陸に一定期間駐在して気象・地質などを観測する仕事。国立極地研究所を中心的な機関として、気象庁、海上保安庁、国土地理院など複数の機関から選抜された隊員で構成される組織で、1年間駐在する越冬隊と夏季のみ駐在する夏隊がある。隊員は、基地の工事や隊員の現地での暮らしを支える「設営部門」と、観測と研究にあたる「観測部門」の2つに区分され、それぞれの役割を専門的に果たす。なお、隊員には公募もあり、観測、設営に活用できる技術や知識があれば、担当機関以外からも参加することもできる。