明治時代に「肉食」を広めたのは、あのお札の人だった!?

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明治時代に「肉食」を広めたのは、あのお札の人だった!?

2015.09.29

提供元:マイナビ進学編集部

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明治時代に「肉食」を広めたのは、あのお札の人だった!?

江戸時代まで忌避されていた獣肉食。明治時代に解禁され、それを推奨する立場についたのは福沢諭吉でした。その意外なエピソードについてご紹介します。

この記事をまとめると

  • 江戸時代まで、公には肉食は禁忌とされていた
  • 当時、世に肉食をすすめたのは福沢諭吉だった
  • 意外な人物が現代文化に貢献している可能性がある

江戸時代まで、肉食はいけないとされていた?

部活などで毎日体力を使う高校生のみなさんにとって、お肉を食べることは最大のエネルギー補給ですよね。お腹が空いているときは、肉汁したたるステーキや焼き肉を思い浮かべるだけで堪らないですよね。

「何よりもお肉が好き!」と「肉食系」な人も多くいると思いますが、しかしお肉を食べる習慣は、大昔から日本にあったものではありません。今、私たちが毎日のようにお肉を食べている背景には、とある人物が関わっているのです。

しかもそれは、料理研究家などではなく、じつはあのお札の肖像画で知られる福沢諭吉だったのです。

今回は、その肉食を広めた功労者と、日本の肉食文化の歴史についてご紹介します。

福沢諭吉は、食生活の改善、肉を食べることをすすめていた!

肉が公に食べられるようになってきたのは、江戸時代末期のことでした。

それまでは、日本では天武天皇が675年に牛、馬、犬、鶏、猿などの肉食を禁じていたこと、また仏教の影響もあり、四足歩行の獣の肉は汚れがあるとして、肉食は禁忌とされていました。また一方では、「薬」として食されていたこともあり、彦根藩(現在の滋賀県付近)が近江牛の味噌漬けを「滋養の薬」として、将軍家などへ献上していたこともありました。そういった時代の中でも、イノシシの肉は「やまくじら」との名目でこっそり食べられていたことが知られており、庶民の間でも肉食は密かに行われていたようです。

江戸時代末期になり、日本が開国すると、横浜に外国の領事館(在外公館)や住居が建てられて、外国人向けの牛肉の調達がはじまりました。さらに江戸にも領事館ができ、その近くに牛肉を売る店や西洋料理店もできました。

やがて明治初期になると、肉食は国を上げて推進されるようになります。そして、この文化をより一層広めたのが、若い頃から食欲旺盛で食に対する好奇心は人一倍強かった、福沢諭吉だったのです。現代では偉大な教育者として知られる福沢諭吉の食への興味がきっかけとなり、肉食が広まっていったと考えると、なんだかとても人として親しみを感じますよね。

福沢諭吉は、1872年に築地に設立された牛肉販売会社「牛馬会社」の求めに応じて、多くの人に肉食をすすめるために、肉食の宣伝用ともいえる書籍『肉食之説(にくじきのせつ)』を発刊するほどでした。その中には、「今我國民肉食を缺て不養生を爲し、其生力を落す者少なからず。即ち一國の損亡なり」という一節が書かれています。つまりは、「今の日本国民は肉食をしないので、不養生になって活力がないものが少なくない」といって食生活の改善、肉を食べることをはっきりとすすめていたのです。福沢諭吉は肉食でこそ得られる栄養に注目していたのかもしれません。

今の生活にある文化が、意外な人物や物ごとから受け継がれている可能性も

その後、牛肉は滋養にいいという福沢諭吉の影響から、日本人向けに牛鍋を食べさせる店も現れました。文明開化の煽りも受け牛鍋屋は急成長し、東京では数百軒にもなったと言われています。福沢諭吉はその後、自身が創立した慶應義塾の食堂にも肉食のメニューを取り入れたほどでした。

このように、さまざまな文化やできごとを対象に、過去を学び、現代に至る流れを知ることを「歴史学」といいます。福沢諭吉が肉食を広めた例があるように、歴史学により今我々が生活している中にある文化が、意外な人物や物ごとから受け継がれていることを知ることができるかもしれません。

歴史が好きで、今より一歩深いところまで興味の幅を広げたいと考えている人は、歴史学を学ぶことで、さまざまな文化やできごとの意外な事実を知ることができるのではないでしょうか。

この記事のテーマ
文学・歴史・地理」を解説

文学は、長い歴史のなかで変遷してきた人間の生活や社会、人々の考え方や感情の変化などを、文章表現をもとに考える学問です。文献を読み解いて比較検討し、過去から現在、さらには未来に至る人間のあり方や社会について研究します。地理学や歴史学は、今日の私たちの生活や文化、経済活動などについて、基盤となった地形や気候、史実やさまざまな事象、最新の研究結果や歴史的な遺構をもとに、その成り立ちから考える分野です。

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この記事で取り上げた
「歴史学」
はこんな学問です

歴史学とは、対象とする大陸・国・地域などにおいて、過去に起こった物事を取り上げ、当時それがどのような意味を持っていたのかを、残された物や建造物、文章などから研究する学問である。ただ、資料を正確に読み取るだけではなく、事実かどうかを疑い、踏み込んで検証する批判的視点も重要である。歴史学の基本的なラインナップには、日本史、東洋史、西洋史、考古学がある。また、政治制度・経済活動・芸術文化・信仰宗教などに特化した考察も行う。

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