【シゴトを知ろう】編曲家 ~番外編~
作曲・編曲の仕事に就くうえで、佐久間さんのように“レコーディングスタジオ”へ修行に入るのは実は珍しいパターン。しかし実際はデジタル化が進み、家でも作曲や編曲などが簡単にできる時代だからこそ、スタジオでの下積み修行には意外な利点もあったようです。さまざまなお仕事を幅広くこなす佐久間さんに、アシスタントの仕事のことやご家族の影響などについても深堀りして伺ってみました。
この記事をまとめると
- “よい音”を聞き分ける感覚はスタジオのアシスタント時代に養った
- 親の七光り”への嫌悪感は年齢を重ねると共に消えた
- デジタル化が進み、音楽制作の現場では仕事量が増えている
キャリアにプラスになったスタジオアシスタントの仕事
――レコーディングスタジオからキャリアをスタートしたことでよかった点はありますか?
音楽をレコーディングするときには“よい音”をアウトプットする力が必須なのですが、これは自分で演奏しているだけではなかなか身につかないものです。ではどうすれば判断できるようになるのか。それは“よい音”、”良い演奏”をたくさん聞くしか方法がないと思います。そういう意味で、僕は多くのプロミュージシャンとエンジニアが集まるスタジオで経験を積んだことがプラスになりました。
また個人所有できる機材には限りがありますが、スタジオだと普段触れられないような機材が揃っていて、その使い方も覚えられました。優秀なエンジニアたちの仕事を間近で見ることができて技術やテクニックも盗めましたし(笑)、今の仕事に役立つことばかりだったと思います。
――アシスタント時代のエピソードを何か教えてください。
レコーディングでは、「このフレーズだけ」「この音だけ」を録り直すということがよくあります。今ならコンピューターなので難なくできる作業ですが、当時はまだテープにレコーディングをしていた時代で、その箇所に来たらリアルタイムに録音ボタンを押して、また止めるときに再度ボタンを押す“パンチ・イン”“パンチ・アウト”という何とも恐ろしい作業をしなくてはならず(笑)、そのパンチイン、パンチアウトをするのがアシスタントの仕事だったんですよね。タイミングを間違えたらうまくレコーディングできていた部分を消すことになりますから、その緊張たるや尋常ではない訳です。パンチインするたびにストレスがかかり過ぎて手の平が全面水ぶくれのようになって、べロリと皮がむけたことがあります。あんな経験、後にも先にもないですね。
でもそんな風にピリピリしていたパンチイン作業も、慣れてくると電話に出ながらとか、別の機材で作業しながら“ポン”と押せるようになるもので……慣れって恐ろしいです。
父の存在が原因で、一度は音楽の仕事を遠ざけたことも
――BOØWやGLAYなどを担当された有名音楽プロデューサーのお父さんから影響を受けた部分はありますか?
父(佐久間正英)からはギターの弾き方やシンセサイザーの音作りなどをたびたび教わりましたが、職業としての音楽への道に関しては否定的でした。
僕自身が音楽が好きだったからこの業界に進んだのですが、どうしても「親の七光り」と見られることも多くて……それが本当に嫌でしたね。そのため一度音楽を離れてデザインの仕事に就きました。ただ25歳になった頃から人からどう見られているかはどうでもよく感じるようになり、音楽の仕事を再開することにしました。僕の場合、頑なだった気持ちを解決したのは年齢(時間)だったかなと思います。ですから親の仕事を継ぎたくないとか、親に背を向けたくなるような気持ちは、僕はよく理解できます。でも人間ってやっぱり好きなことはやらずにはいられない生き物ですから、肩の力を抜いて自分の興味の向かう方向に進んだらよいと思いますよ。もしかしたらそれが親と同じ仕事かもしれないし、違うかもしれませんが、年を重ねれば肩の力も抜けていくと思います。
2008年に父が長年抱いてきた理想のバンド“unsuspected monogram”を結成することになり、僕もキーボードとして参加することになりました。僕らの関係は一般的な家庭の親と子ではなかったのですが(笑)、彼は初めて僕とステージに立ったとき何だか嬉しそうでした。「こだわりを捨てる」ことが得意だった父が、このバンドに関しては音・演奏など全てにこだわり、初ライブまで1年半かけて準備をし、レコーディングも“一度間違えたら最初からやり直す”という一発録りで録音したりと、内容の濃い活動でした。もう父は亡くなりましたが、最後に一緒にバンドを組むことができて本当によかったと思っています。
―― 音楽業界のデジタル化は仕事に影響はありますか?
さきほどアシスタント時代のアナログ苦労話をしましたが、デジタル化が進んで音楽制作の現場が楽になったかというと、レコーディングスタジオの閉鎖や、制作費の縮小の影響により、つくり手ひとりのやることが多くなって負担が増えているような気がしますね。それは裏返すと、音楽家に多くの知識や作業量が求められているということでもあります。そういったつくり手側の仕事のボリュームや期待される技術や知識に関しては、ある程度覚悟してからこの仕事に就いた方がいいかもしれませんね。
自分で演奏するだけでは身につかない“良い音”を聞き分ける力、プロたちの仕事を間近で見られた経験、作曲や編曲という仕事とレコーディングスタジオでの仕事は、直線ではつながらないかもしれませんが、実は互いにプラスになる面を持っているようです。「音楽づくりには人間としての引き出しの多さも必要」と語る佐久間さんは実はデザイナーとしても活動されていて、それが作曲・編曲に大きく役立っているのだとか。自分だけの時間がたっぷりある高校時代にいろいろな経験をしておくことが、将来の創作活動に大きく役立ちそうですね!
【profile】作曲・編曲家・プロデューサー 佐久間音哉さん
この記事のテーマ
「音楽・イベント」を解説
音楽や舞台を通じて、人に楽しい時間や感動を与える仕事です。作詞・作曲・編曲などの楽曲制作、レコーディングやライブでの音響機器の操作、演劇やダンスなどの演出、舞台装置の操作など、職種は多岐にわたります。この分野の仕事をめざすには、作品制作や企画立案のスキル、表現力を磨くことが必要です。
この記事で取り上げた
「編曲家」
はこんな仕事です
作曲家が作った原曲を、どんな楽器で演奏するか編成を考え、各パート別の演奏メロディーを作り、楽曲として装飾し録音できる状態まで仕上げる仕事。また、楽譜出版のためピアノ用、ギター用などにアレンジする仕事もある。アレンジャーとも呼ばれ、その仕事範囲は広い。編曲だけでなく、サウンドエンジニア、プロデューサーなどを兼任する人も多い。曲を作る能力、譜面で表現する力に加え、最近はパソコンによるDTM(デスクトップミュージック)の知識も必要になっている。