【シゴトを知ろう】美術修復家 編
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世界的に有名な絵画も、歳月が経つとホコリや汚れが付いたり、破損などが原因で痛んでしまいます。そんな古くなった美術品を修復する、お医者さんのような存在が美術修復家です。とはいえ、馴染みがないのでどんなことをしているのか想像もつかないですよね。
そこで今回は、鎌倉絵画修復工房主宰の加賀優記子さんに、そのお仕事内容について詳しく伺いました!
この記事をまとめると
- 美術修復家は油絵、日本画、版画と幅広く修復することができる
- 修復して絵画本来の美しさを取り戻したときにやりがいを感じる
- 絵画に対する愛情が美術修復家の原動力になる
油絵、日本画、版画、現代画まで直す「絵画のお医者さん」
Q1. 仕事概要と一日のスケジュールを教えて下さい
私は、鎌倉絵画修復工房という修復工房を主宰をしています。また同時に、ペベオ絵画修復エデュケーション・センターという絵画修復技術を教える学校をフランスの絵具会社と提携して運営しています。
修復の仕事は、油絵、日本画といった絵画をはじめ、版画、現代美術などの修復まで幅広く行っています。基本的には工房内での作業が多いですが、時には美術館、画廊などに出向いての調査、修復作業も行います。
また週に一度、修復の学校の講師としての授業を受け持っています。年間のカリキュラムを組み、修復の理論、基本的な技術、油絵の技法などを教え、技量のある修復家の育成に努めています。
<1日のスケジュール>
08:00 アトリエ内の清掃
09:00 修復作業開始
12:00ごろ 昼食
13:00 修復作業
18:00 お仕事修了
夜中 書類作成など
Q2. 仕事の楽しさ・やりがいは何ですか?
汚れがひどい作品を、元の良好な状態に戻すことができた時、やりがいを感じますね。例えば、先日、修復依頼があった19世紀のイギリス絵画は、初めは画面が汚れや古いニスで茶色に変色し、暗い河辺に黒人の女性が立っているように見えました。しかし、修復を進めるにつれて、まったく違う風景が出現し、青空が広がり、河辺の草が光に当たってキラキラしているとても美しい作品があらわになりました。絵の中に水色のエプロンをつけた金髪の少女が立ち、枝を持って2頭の牛を連れているみずみずしい様子が描かれていたんです。
作業に当たっていた私も学生も「わあっ」と歓声をあげて喜びました。もちろん、依頼主にも大変喜んでいただきましたよ。このように、修復によって状態がよくなった作品が大切にされ、未来に残っていくと思うとうれしいです。
Q3. 仕事で大変なこと・辛いと感じることはありますか?
毎回、数千万~数億円の高価な作品を取り扱うので、盗難、火災、破損等のトラブルが起きないように気を配っています。
修復が必要な作品の表面の絵具は、痛みがひどく、少し触っただけでもパラパラと落ちたりします。そんなときはつい手が震えたり、先を急いだり、という焦りが出てきますが、それは失敗の元になります。修復を必要とする絵画の中には、想定していたより処置が難しい物もありますが「常時冷静に、完全を目指す」という気持ちをキープするよう心がけています。
また、修復の作業は、途中で手を放すとアウトなんてことも多数あります。ふと気が付くと12時間以上立ちっぱなしで息を詰めて処置をしていた、と言う事もあります。そんな時は「トイレくらい行けばよかった」と、一人苦笑する事もあります。
パリの街の修復工房に通ったことが、今の仕事に就くきっかけに
Q4. どのようなきっかけ・経緯で美術修復家に就きましたか?
私は最初、美大で油絵を専攻していました。そのころから歴史ある油絵の技術「古典技法」に興味があり、フランスに渡ったのですが、思ったような美大のカリキュラムはありませんでした。そこで、修復を学べば何か分かるのではないかと思い、パリの街の修復工房に通うことにしたんです。残念ながら工房で教えてもらえたのは、まったく別の技法だったのですが、一度飛び込んだ世界、極めてみようと思ったのがきっかけです。
そうして続けているうちに、ルーブル美術館の絵画修復員になり約6年仕事をしました。その後帰国して、鎌倉絵画修復工房を設立したのです。
Q5. 大学では何を学びましたか?
日本の美術大学では油絵、デッサンを学びました。でも、自分の学びたかった古典技法の授業は当時なく、片端から技法書を読んで独自の実験をしていました。フランスの美大でも状況は同じだったので行くのをやめ、修復工房に行ったり、ルーブル美術館で模写をやったり、パリの街に出てテーマを決めて絵を描きました。私の場合、大学の授業だけでは物足りず、やりたいことを求めたことがこの仕事につながったのだと思います。
Q6. 高校生のときはどのように過ごしていましたか?
高校生のころは文系の勉強をしていましたが、どうしても美大に行きたい気持ちが捨てきれず、ギリギリで親にカミングアウトして、びっくりされたことをよく覚えています。当時は本当に多感で「自分は会社勤めには向かない!」と思っていましたので、一人で絵と向き合って戦う、職人的なこの世界を目指したのは、自然なことだったように思います。
余談ですが文学や英語など文系の勉強をしていたことは、英文で報告書を書いたりする今の仕事にとても役立っていますよ。
美術修復家に必要な気持ちは「絵画に対しての愛情」
Q7. どういう人が美術修復家に向いていると思いますか?
単純に「手先が器用な人がいい」というよりは、いつも冷静な気持ちをキープし、物質の変化を注視しつつ、油絵の性質を見極められる人が向いているのではないでしょうか。そうなる為には、不断の追及心というものが必要になってきます。
修復は「直してあげるからね」という決心を持って、絵と向かい合う仕事です。
ですから、その絵画を画家がどんな意図で描いたのか、その当時はどんな絵の質感だったのかを知らなければ直せません。
私は、世界中の美術館を訪れ、さまざまな作家の絵の質感を目に焼き付けてきています。そのくらい絵に対して「愛」が無ければいい仕事はできないだろうと思います。どんな仕事でもそうですが「どれくらい自分の扱うものが好きなのか」ということを認識することが大切だと思います。
Q8. 高校生に向けたメッセージをお願いします
私の母は趣味が油絵で、私も母のそばで油絵の具を練ったりして遊ぶのが好きな子どもでした。小さいころから絵画に親しめる環境があったことが、今の仕事につながっていると思いますので、早いうちにデッサンや油絵を実践しましょう。
さらに、美術修復家になるには、おそらく10年くらい「美術修復家になる」と言い続ける強い意志を持つ事が大切です。一つ目は、油絵技術や語学を学ぶこと。二つ目は、イギリス、フランス、ベルギーなどの修復機関で学び、「正しい修復家」から技術を学ぶこと。美術修復家の仕事に興味が湧いた人は、この二つを目標として、ぜひ学びを深めてみてくださいね。
油絵を学ぶうちに修復家という職業に辿りついたという加賀さん。興味を持った分野から職業につながることもあるんですね。美術修復家の仕事に興味がある人は、まずは美術館で油絵を鑑賞したり、英語の勉強を頑張ってみるのもいいかもしれませんよ。
【profile】
鎌倉絵画修復工房 主宰、ペベオ絵画修復エデュケーション・センター長 加賀 優記子
この記事のテーマ
「デザイン・芸術・写真」を解説
デザインは、雑誌や広告など印刷物を制作する「グラフィックデザイン」、雑貨やパッケージなどの「プロダクトデザイン」、工芸や日用品などの「装飾デザイン」といった職業分野に分かれます。アートや写真を仕事にする場合、学校で基礎的な知識や技術を身につけ、学外での実践を通して経験やセンスを磨きます。
この記事で取り上げた
「美術修復家」
はこんな仕事です
長い年月を経た美術品の価値が損なわれないように修復をする仕事。経年劣化することは避けられないため、今以上に劣化が進まないよう作業を施して保存する。傷付いたものは元の状態を模索しながら修復する。いずれも最小の手当てでオリジナルに近づけることが重要。美術品の専門知識のみならず化学や物理の知識も求められる。国内の美術・芸術系の専門学校や大学でも美術修復の基礎を学べるが、ヨーロッパを中心に海外の修復技術は大変高く、留学はとても有意義。語学力と感性を磨いておくことも大切だといえる。
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