トランプのようなカルタ!? 熊本県のある地域に残っている、“うんともすんとも”な遊びって?

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トランプのようなカルタ!? 熊本県のある地域に残っている、“うんともすんとも”な遊びって?

2016.08.18

提供元:マイナビ進学編集部

トランプのようなカルタ!? 熊本県のある地域に残っている、“うんともすんとも”な遊びって?

みなさんは、「カードゲーム」で遊んだ経験はありますか? カードゲームと一括りにいっても、『遊戯王』や『カードファイト!! ヴァンガード』のようにコレクションかつバトル要素の強いものから、日本に古くから伝わる百人一首や花札のような伝統的なものまでその形は千差万別です。

この記事をまとめると

  • 日本のカルタは、16世紀にポルトガル人によって伝えられた
  • 江戸幕府の取り締まりでカルタ遊びが急速に廃れていった
  • 熊本県人吉市では「ウンスンカルタ」の大会のために全国から人が集まる

トランプのような「数札」があるカルタ遊びって?

今回はそんなカードゲームでも、熊本県のある町でのみ繰り広げられているカルタ遊びについてご紹介します。

熊本県人吉市。山に囲まれた盆地に位置する人吉市では「ウンスンカルタ」と呼ばれる遊びがあります。カルタ自体は今から450年ほど前、南蛮渡来のポルトガル人によって伝えられたといわれていますが、それを日本独自にアレンジしたものがウンスンカルタです。

私たちがイメージする通常のカルタは、読み札と絵札に分かれていますが、ウンスンカルタは絵札と数札に分かれているのが大きな特徴です。かつては日本中広く親しまれていたそうですが、1787年~1793年の寛政の改革に伴い急速に廃れていきました。

カードの種類について、「絵札」に登場する人物は計6名。遊びの名前にもなっているウン(福の神)とスン(唐人)に加え、武人、騎馬武者、女性、龍がいて、それぞれのキャラにこん棒、剣、聖杯、貨幣、巴紋(ともえ)といった5種類のマークが描かれています。この6名×5マーク計30枚の絵札に加え、トランプと同じようにそれぞれのマークが1~9個描かれた計45枚の数札、合計75枚の札でゲームに挑みます。

「うんともすんとも~」の由来になった?

8人が2チームに分かれ、円を描くように各チームのメンバーが交互に座ります。基本的なルールとしては、8人が1枚ずつ札を出していき、一番強い札を出した人が8枚の札を1束にして取り、この束が多いチームが勝ちとなります。ただし途中で裏返しに伏せた「切り札」の有無やその数字の多さなどで結果が大きくひっくり返ることも。カルタというよりはトランプに近いイメージでしょうか。ウンはポルトガル語で数字の1を意味し、スンは最高の数値を意味します。私たちが普段使う「うんともすんとも~」という慣用句は、ウンスンカルタで遊んでいて行き詰ったところから来ているという説が有力です。

しかし時がたつと同時に、人吉市でもウンスンカルタは忘れられた存在となっていきました。限られた伝統を後世に伝えていくために設立された「ウンスンカルタ保存会」の窓口であり、地元でお茶の販売を行う「立山商店」にお話を聞きました。

――どのようなきっかけでウンスンカルタを紹介することになったのでしょうか。

「保存会設立のきっかけとなったのは2003年に開かれた県の文化祭で、県の方からの働きかけでウンスンカルタを紹介したのが始まりです。以来、定期的に行う稽古会では全国から人が集まるまでになりました。公式大会は年2回行われており、町を出た大人や学生たちがこの日のために帰ってくるんですよ」

大会には地元で育った大人たちがこぞって参加するようです。でもルールが複雑で非常に頭を使うゲームのよう。

――将棋や囲碁のように小さなころから英才教育をしなくては強くなれないのでは?

「人吉の小学校では4年生から始まるクラブ活動でウンスンカルタを教えているんです。でも中学でほかの部活に入ってしまうとなかなか触れる機会がなくなってしまうようで、保存会で集まると『普及への最大の敵は部活動だ』なんて言う人もいます(笑)。それでも先日、地元の進学校の高校生たちが自主的に高校生大会を開いたんです。さらには大学進学や就職で町を離れた子たちも、引っ越し先の町でウンスンカルタを紹介してくれているみたいで、一度根絶えかけた文化も着々と引き継がれているようで安心しています」

風紀の取り締まりと同時に取り締まりにあった民衆文化

寛政の改革は徳川幕府の老中・松平定信によって行われた政策ですが、なぜウンスンカルタのような遊戯が取り締まられたのでしょうか? 寛政の改革では、時期を同じくして起こった大飢きんに伴う百姓一揆を防ぐため、米の備蓄の徹底や都心部に出稼ぎに来てきた農民を帰郷させ、再び農業に従事させることで食糧問題の解決を図ろうとしました。質素倹約の生活を勧めていくうちにウンスンカルタのような遊びは風紀を乱すと考えられるようになっていったようです。

このような取り締まりは江戸時代だけでなく第二次世界大戦中も行われていました。女性のパーマの禁止や、腕時計などの貴金属品を身に付けることが忌避されたばかりでなく、鉄などの貴重な素材を軍事需要に回すため、子どもが遊ぶブリキのおもちゃすら禁止された時代もありました。

その土地に根付いてきた文化や風習、そして子どもの遊びまでもが戦争や政治の力によって失われ、また別のものに取って変わられたりします。歴史や文化を正しく学び、その成り立ちを解明していく学問が「社会学」です。社会学に興味のある人は、昔はあったのに今では途絶えてしまった文化について調べると、それがなぜなくなってしまったのか、その裏にあった社会の動きについて知ることができるかもしれませんよ。

出典:
うんすんかるたのルール引用文献
http://www.asahi-net.or.jp/~rp9h-tkhs/dg_unsun.htm


参考:
http://www.kyuhaku.jp/museum/museum_info04-07.html
http://www.hitoyoshi-hikari.com/history/unsun/unsun.html

この記事のテーマ
社会学・マスコミ・観光」を解説

あまり共通性のないように思われる3分野ですが、じつは密接な関係があります。観光業界にとってマスコミは「広報」そのものです。マスコミの存在なくして観光業界の発展はないでしょう。もともとマスコミは商品を情報化するために社会学を重視しています。社会が求めている漠然としたニーズを精査し、わかりやすいイメージとして変換して提供するのです。今後、観光業などにおけるマスコミの存在はますます大きくなるはずです。

「社会学・マスコミ・観光」について詳しく見る

この記事で取り上げた
「社会学」
はこんな学問です

社会のなかでの個人の行為、集団の持つ特性、他者とのコミュニケーションなどに一定の法則性を見出して、社会の仕組みや働きを解明する学問である。研究対象は広く、社会学的な視点で研究できるものであれば何でも対象とすることができる。たとえば、家族社会学、芸術社会学、法社会学、都市社会学、宗教社会学、教育社会学、スポーツ社会学など、テーマの自由度は高い。その一方、社会全体を意味付けるグランドセオリー(一般理論)を志す学者もいる。

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