「かかあ天下」は群馬で生まれた! 群馬にまつわるホントの歴史

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「かかあ天下」は群馬で生まれた! 群馬にまつわるホントの歴史

2016.07.29

提供元:マイナビ進学編集部

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「かかあ天下」は群馬で生まれた! 群馬にまつわるホントの歴史

「かかあ天下」って聞くと、怖いお母さんが家の中でいばっているようなイメージがありませんか? 実は群馬では昔からこの言葉を、全然違う意味で使ってきたそうです。

この記事をまとめると

  • 群馬では古くから、働くお母さんが家計を支えていた
  • 絹織物は京都から群馬へ伝えられた、という伝説がある
  • 明治時代には、群馬の絹産業が国の経済を支えていた

おれのかかあは天下一? 家計を支える群馬のスーパー母ちゃんたち

群馬で古くから作られている名産品といえば「絹」ですよね。特に桐生の織物は、京都の西陣と並んで、高級品として全国的に有名です。その生産で昔からパワーを発揮してきたのが、群馬の女性たちでした。

絹織物(きぬおりもの)の生産には、蚕(かいこ)を育てる「養蚕(ようさん)」、蚕の繭(まゆ)から糸を作る「製糸(せいし)」、糸から布を織り上げる「織物(おりもの)」と、大きく分けて3つのステップがあります。

1.養蚕
「養蚕」では、蚕という虫を育てて繭を作らせます。とても繊細な虫で、難しい飼育は子育てにもたとえられます。そのため、この仕事で女性が活躍してきました。

2.製糸
「製糸」は、ぐらぐらと鍋で煮た蚕の繭から糸を引き出す仕事です。昔ながらの手作業と、器械を使うやり方があります。そのどちらも根気の要る作業で、女性を中心に行われてきました。

3.織物
「織物」では、繭から作られたままの色をした「生糸(きいと)」を染め、織り上げて布を完成させます。ここでもやはり女性の出番が多く、熟練の技でクオリティの高い絹織物を生産してきたのです。

そんなわけで、群馬では古くから、働く女性が家計を頼もしく支えてきました。男性たちはそれを「おれのかかあは天下一」と呼ぶように。それこそが、群馬名物「かかあ天下」という言葉のルーツ。奥さんをオニババ扱いするどころか、働き者として最高に誉めるキーワードだったんですね。

京都から群馬へ絹織物を伝えた姫の伝説

その昔、群馬に絹織物を伝えたのも実は女性で、しかも「姫」だったという伝説が存在します。その名も「白瀧姫(しらたきひめ)」!

もともと白瀧姫は、京都生まれ。成長して、天皇の住む御所(ごしょ)で働いていました。群馬の仁田山から同じ御所へ働きに行った山田舎人(とねり)と出会い、両思いに! 二人の仲が天皇の耳に入ると、なんと結婚のお許しが出ました。そこで、山田舎人の地元である群馬へ白瀧姫を連れ帰り、新生活を始めることになりました。

白瀧姫は京都で、養蚕・製糸・機織りをマスターしていました。これを、引っ越してきた群馬で人々に広く伝えたことが、絹の産業を発展させるキッカケになった……という伝説が、江戸時代からこの地に伝えられています。

信仰を集めた白瀧姫は、「機神天神(はたがみてんじん)」として神社にまつられました。その「白瀧神社」は現在も桐生市に残っており、「ぐんま絹遺産」の一つとして歴史を伝えています。

守ったのは家庭だけじゃない!明治時代には「かかあ天下」が国を支えた

富岡製糸場

富岡製糸場

時代が江戸から明治に移る頃、生糸・絹織物は、日本が海外へ輸出する代表的な製品になります。そこで、群馬での絹産業は、ますます発展を遂げることに。その時にももちろん、女性がますます活躍しました。
器械で生糸を製造する大規模な工場として「富岡製糸場」が営業をスタートすると、群馬だけでなく全国から少女たちが集まって働きました。

最初は、家計を支えることで「天下一」と呼ばれていた女性たちのパワー。この時代には、日本の経済を支えるものにまで発展しています。その一方で、生糸を作って売る農家の女性たちは、自分の家で使う分も少しずつ確保していたのだとか。その生糸で、自分を含めた家族の晴れ着も、シッカリ仕立てていたそうです。
「かかあ天下」は国も家庭も同時に守る、まさに最強の存在だったんですね!

今でこそ、女性の社会進出は、当たり前のものとして受け止められているもの。ですが、江戸時代・明治時代の昔にも、男性の側から「天下一」と言い切って誉める文化があった……というのは、時代を先取りした感覚にも思えますよね。

ある言葉のイメージがガラリと変わったり、その先を調べていくと自分が住んできた地域に新鮮な発見があるもの。歴史や時代ごとの経済のディープなところを学ぶのには、テストのための暗記とは全然違うおもしろさがあるようです。

■参考資料
【日本遺産】かかあ天下-ぐんまの絹物語-について/桐生市 http://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1002110.html
かかあ天下-ぐんまの絹物語
http://worldheritage.pref.gunma.jp/JH/
白瀧神社太々神楽
http://skj.sub.jp/

この記事のテーマ
文学・歴史・地理」を解説

文学は、長い歴史のなかで変遷してきた人間の生活や社会、人々の考え方や感情の変化などを、文章表現をもとに考える学問です。文献を読み解いて比較検討し、過去から現在、さらには未来に至る人間のあり方や社会について研究します。地理学や歴史学は、今日の私たちの生活や文化、経済活動などについて、基盤となった地形や気候、史実やさまざまな事象、最新の研究結果や歴史的な遺構をもとに、その成り立ちから考える分野です。

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「歴史学」
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歴史学とは、対象とする大陸・国・地域などにおいて、過去に起こった物事を取り上げ、当時それがどのような意味を持っていたのかを、残された物や建造物、文章などから研究する学問である。ただ、資料を正確に読み取るだけではなく、事実かどうかを疑い、踏み込んで検証する批判的視点も重要である。歴史学の基本的なラインナップには、日本史、東洋史、西洋史、考古学がある。また、政治制度・経済活動・芸術文化・信仰宗教などに特化した考察も行う。

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