りんご飴マンが行く! 津軽のお仕事取材レポート〜りんご農家編〜

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りんご飴マンが行く! 津軽のお仕事取材レポート〜りんご農家編〜

2016.06.02

提供元:マイナビ進学編集部

りんご飴マンが行く! 津軽のお仕事取材レポート〜りんご農家編〜

やぁ、今を生きる高校生のみんな、りんご飴マンだよ。

突然だけど、ここで問題です。
『青森』といえば、何を思い浮かべますか?

この記事をまとめると

  • 休みもなく、作業量も多い仕事だが、『もっと良くしたい』という気持ちで働いている。
  • 家業を継ぐことに後ろ向きな気持ちもあったが、外の世界を知ってその魅力に気付いた。
  • まだ若いと思うのではなく、前倒しで物事にチャレンジすることが大事。

はい、もちろんりんごですね。『りんご飴マン』と言ってくれた君、余計な気を遣うんじゃないよ。むしろ高校生にヨイショさせたかと思うと、こっちが辛いよ。

ということで今回は青森の仕事を語る上では外せない、りんご農家さんの仕事を取材してみることにしました〜! ヒュー!

場所はこちら、弘前市相馬地区! 津軽富士・岩木山がとても綺麗に見える自然が豊かな場所だよ。りんご畑がとても多く、今日も美味しいりんごを食卓に届けるために頑張っている農家さんがたくさんいるのだ。

その中で、今回取材させていただくのは清野一基(せいの かずき)さん。生まれも育ちも青森の、生粋の津軽っ子だ。

――清野さん、今日はよろしくお願いします。

清野:よろしく。あ、その前に1ついい?

――はい?

清野:自分の一人称、『オイラ』にしてもいいかな。『北の国から』の田中邦衛さんに憧れて、意識して使うようにしてるんだけど、なかなか馴染まなくて。

――(無理して使わなければいいのに……)

1年間ほとんど畑に通う毎日。その中でも忘れない父親としての顔

――早速仕事内容を聞いていきたいのですが、多分あれですよね。りんごが収穫されるまでの工程を聞いた方が早いと思うので、改めて教えていただけますか。

清野:冬は『剪定』と呼ばれる枝の手入れ作業をずっとして、春にりんごの花が咲いてから、花粉をめしべに受粉させ、りんごの実をつける。大体1つに対して5つ実をつけるんだけど、栄養を集中させるために中心の実だけ残し、そこからさらに厳選していく。色づきの良いりんごは市場価値が高い傾向にあるので、太陽が良く当たるように葉っぱを取るという作業もする。太陽が当たっていない面のりんごをクルっと回したり、木の下に反射材と呼ばれる銀のシートを敷いてまんべんなく着色させたりする農家もいるね。そして熟度を見て収穫し、大きさ、傷のあるなし、色づきなどで選別して、それぞれの出荷先に出していく、ざっくり言うとこんな感じかな。

――改めて聞いても思いますけど、めちゃめちゃ大変な作業ですよね。それこそほとんど毎日、1日中畑にいるじゃないですか。それはもう、慣れなのですか?

清野:うーん、確かに作業量が多いという実感はあるけど、それはオイラが効率的な仕事ができていないという面もある。あとは単純にオイラがやりたい、もっと美味しいりんごにしたいから、結果時間がかかってしまうんじゃないかな。

――休みってあるのですか?

清野:ねぇな(笑)。結婚もしているし、子供もいるし。自分だけの時間と言われればないけど、家族と一緒にいる時間はできるだけ多く取るようにしているかな。例えば、早朝から畑に出て、そのまま昼まで戻らない人もいると思うけど、オイラの場合は子供が家を出るくらい時間に1回戻って、『いってらっしゃい』を言うようにしている。『おかえりなさい』には間に合わないけど、それくらいはしたいなと思って。

――忙しい中でもちゃんと『パパ』である時間も作っているのですね。こう言ったら失礼かもしれないのですが、ある意味、うらやましいなと思う瞬間があるのです。僕も東京でサラリーマンをやっていましたが、平日の月曜から金曜まで働いている中で、ふと終わりの時間を気にしてしまうというか、『あと2時間で終わりだ』みたいに時間が経つことばかりを考えてしまう時期がありました。もちろん農家さんも生活のためにやっているのですが、仕事に集中して気がついたら日が暮れていた、そんな毎日を過ごすのもいいなって。

清野:そういう考え方もあるんだね(笑)。時間がかかるのは思い通りいかない時もあるからだと思うけど、オイラはそれも面白いなと思っていて。人間と違ってりんごは喋らないけど、自分でイメージをしながら試行錯誤してやっていく。それの繰り返しだね。

――そんな中で、『やりがい』と『心折れそうな瞬間』、1つずつ挙げるとしたら何でしょう?

清野:うーん、そうだな……。一番面白いのは自分が1から育ててきた木で収穫できた時かな。元々ある木を育てるより、自分が何年もかけて育ててきた木にはやっぱり愛着が湧くから。がっかりするのは、木が折れることかな。結局は人災みたいなところがあって、オイラの手入れの仕方が悪かったから折れたんだと思うと、凹むよね。

――台風や暴風でこれまで育ててきたりんごがボトボトと落ちてしまうことも少なくないと思います。ショックではないですか?

清野:もちろんショックはショックだけど、自然のおかげで育って、収穫ができているからね。恨むことはできないし、その被害があっても経営できている農家さんはたくさんいるのだから、そうなりたいと思っています。

サラリーマン時代の挫折から気付いた、農家の魅力

――清野さんは就農されて何年になるのですか?

清野:12年ぐらいになるのかな。大学卒業して、1年くらいサラリーマンして、旅館のアルバイトをしてから青森に戻ってきた。

――あ、ずっと地元にいて就農した訳じゃないのですね。農家になるまでの経緯を教えていただいてよろしいですか。

清野:うちは農業一家だから、『いずれやるんだろうな』って意識はずっとあって。でも若い頃は『青森を出たいな』という気持ちもあったから、大学も仙台にして、新潟でサラリーマンもしていた。マンションに住んでワイシャツ着て仕事するのとか、憧れるもんね(笑)。

――(笑)。サラリーマン時代は何をしていたのですか?

清野:携帯の販売営業をやっていたのだけど、まぁ心折れて……(笑)。営業って、売れないものを売るのが仕事じゃない? でも、人生であんなに断れられる瞬間もないじゃない? 人間自体を否定されているみたいでダメージが思った以上に大きくて、これからずっとこれを続けていくのかと思うと、辛かったね。

――わかります。必要のないものを押し売りしてるみたいで辛いですよね。そこから、農家を継ぐことを考え始めたのですか?

清野:今思えば農家さんに失礼な話だけど、『そろそろ帰って、やってみようかな』という気持ちになった。農家って大変とか、辛いとか、お金にならないイメージがあったけど、青森に帰ってきて、色々な人に話を聞いたり、勉強しにいくと、すげぇ伸びしろがあると思った。改善の余地がなくて収入が厳しいのであれば考えなきゃいけないけど、まだまだやることがあるのであれば、今まで成長させてもらった畑を、より良くしていこうと思った。そこに気づくのに時間はかかったけど、色々な経験をしてよかったなと。

――サラリーマン時代の経験が家業の魅力に気づかせてくれたのですね。ご両親も、就農した時には喜ばれたのではないですか?

清野:実は、両親から『農家を継げ』と言われたことは一度もなかったんだよね。ただ、周りからはすげぇ言われた(笑)。いつ帰ってくるんだ、早く農業やれと。

――自分の仕事を強要するようなことはしたくなかったんですかね。

清野:どうだろう。まぁ、周りには多分言ってたと思うけど(笑)。青森に帰るときにも『帰るわ』って言っただけで、就農の話をした覚えはないな。あっちも『おう』って感じだったし。

――お互い口には出さなくとも就農するということは分かっていたのかもしれませんね。ちょっと踏み込んで、収入の話を聞きたいです。先ほども『伸びしろがある』という言葉もありましたが、実際のところは、いかがでしょうか。

清野:『りんご農家』と一括りにしてしまうと全部同じに見えるけど、結局は個人事業主であり、会社なので、収入が良いところもあれば悪いところもある。オイラはまだまだだし、マイナスだと思っているから、早くプラスにしていきたいなと。家業を継いで今の仕事をしている訳だけど、親と同じことをするのが親孝行じゃないからさ。家族で生きて行く方法として農業がある訳で、その先は自分で考えて、今より収入も生活も良くしていかないと……。じゃんけんと一緒で、親がパーを出せば自分はチョキを出さないと。そしてその先に継ぐ子供にはグーを出してもらえるように、教えていかなければいけないと思う。

1年を1回と考えたら、残された時間は限られている。

――高校生のときは、将来をどう考えていましたか?

清野:具体的に何しようと考えてはいなかったけど、『畑やんなきゃ』という気持ちは常に感じていた。運命って変えられないんだなと。でも、家業を超える仕事を見つけようとも思わなかった。それは家業って偉大だということを子供なりに理解していたのだと思う。そして、両親も一旦は違う道に行かせてくれた訳で。さっきも言ったけど、今思えば正しい遠回りだったなと。

――今の高校生に向けてメッセージがあれば、お願いします。

清野:ちょっと重い話だけど、誰にも寿命には限りがある。オイラは70歳まで現役でいたいと思っている。そうすると、あと31年やれる計算になるけど、りんごの収穫は1年に1回。つまり、死ぬまでにりんごを収穫できるのはあと31回しかない。そう考えると、ゆっくりしていられない。31回しか試行錯誤する時間がない中で、いかに自分で納得できるりんご作りができるかを今動けるうちに追求したいと思っている。それと一緒で、若いうちにできることは限られているのだから、どんどん前倒しで物事にチャレンジしてみてほしい。1年を1回とカウントすると、誰でも決してこの先は長くない。そして、何でも楽しめる力を身につけること。やることが決まっているのなら、文句言いながらやるのも、楽しんでやるのも一緒。水がこれだけあるっていうのと、これしかないって考えるのかは自分次第だから。辛いことがあったときも、『ネタになるな』ってあえて前向きであってほしい。

――日常を楽しむことをモットーにされている、清野さんらしいお言葉ですね。

清野:そして、将来いずれ何かやるとしても、分母は多い方がいいんじゃないかと。1つの中の1つじゃなくて、100経験して1つを選んでみる。そこの差が如実に出るのが、これからなのだと思う。底辺を大きくしたほうが、大きな三角形はできるから。

――ありがとうございます。最後に個人的に聞いてみたいのですが、もし農家の子供が清野さんのところにやってきて、『農家を継ぎたくない』と相談に来たとしたら、何と言ってあげますか。

清野:うーん、そうだなぁ。それも決断なのでそれを尊重すると思うけど、せめて父親の仕事は尊重してほしいかな。その仕事があったから生活ができた訳だし、その分別ができるくらいに成長させてくれたのはあなたのお父さんなんだよ、と。

――ありがとうございました。ところで清野さん、先ほどから例え話がとても面白いのですが、どこから学んでいるのですか?

清野:漫画。

――(笑)。

りんご農家に限らず、これまで受け継がれてきた伝統的な職業や工芸は全国的に見ても年々その数を減らしている。もちろん将来の仕事は自分で決めていくべきだし、興味のある道に突き進んでいくべきだと思う。ただ、数字だけの条件やイメージだけで敬遠していることも多いのではないか。清野さんの言葉を借りるなら、100あるうちの1つとして経験することで初めて見えてくるものがあるのではないか。もし農業について興味のある学生がいれば、生まれが農家でなくても最近では農業体験が気軽にできるので、まずは知ることからはじめてみてほしい。



清野:おーい、りんご飴マン。そういえばこの間iPhone買ったんだよ。みてみてほら。

――おぉ、それはよかったですね。って、

手、でけェ!

【プロフィール】
清野 一基
りんご農家。
1977年青森県生まれ。東北福祉大学を卒業後、実家のりんご農家に就農。

この記事のテーマ
環境・自然・バイオ」を解説

エネルギーの安定供給や環境問題の解決など、自然や環境を調査・研究し、人の未来や暮らしをサポートする仕事につながります。また、自然ガイドなど、海や山の素晴らしさと安全なレジャーを多くの人に伝える仕事もあります。それぞれ高い専門性が求められる職業に応じて、専門知識や技術を学び、カリキュラムによっては資格取得や検定も目指します。

「環境・自然・バイオ」について詳しく見る

この記事で取り上げた
「そのほかの環境・自然・バイオ系の職業」
はこんな仕事です

環境系では「公害防止管理者」「有害液体汚染防止管理者」「産業廃棄物処理技術者」など、同じ公害に関わる仕事でも、広い範囲を受け持つものもあれば、より狭い範囲での専門性を求められるものもある。また、同じ環境保護でも直接的な防止の観点から取り組む仕事だけでなく、「アウトドアインストラクター」のようにレジャーを通して自然と触れ合う機会を創出することで、環境保護の視点を人々に持ってもらうよう指導する仕事も数々ある。今後も広がりを見せる分野といえるだろう。

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