トップクラスの人気を誇る旭山動物園、その人気のヒミツを探る!
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日本でトップクラスの人気を誇る旭山動物園。でも、ここに至るまでには閉園に直面する大きなピンチもあったのです。旭山動物園はなぜ成功したのか……? その人気のヒミツを一緒に考えてみましょう。
この記事をまとめると
- 日本最北の動物園として1967年に開園
- 来園者の立場に立った企画で、閉園の危機を克服
- 観光業は未来の北海道を支える基幹産業
日本最北の動物園として開園も、感染症などから閉園の危機に
旭山動物園が開園したのは1967年のことで、約50年の歴史があります。当時は日本の経済成長の時代で、各地に動物園やテーマパークが次々に開園されました。旭山動物園は日本最北の動物園として注目を集め、開園当時の動物の数は75種、約500匹だったそうです。1980年代には年間約60万人の来園者があり、人気の高い動物園でしたが、その後ゴリラやキツネザルが感染症で死亡し、人間にも感染するのではとの不安から来園者は激減、開園30年目の1996年には来園者は約26万人にまで落ち込み、閉園の危機に見舞われてしまいます。
新しい発想と、来園者の立場に立った企画で、人気の動物園として復活
しかし、旭山動物園は閉園の危機をみごとに乗り越え、再生を果たしました。1997年から改革に着手、来園者数は年々増加し、2007年には年間300万人を超え、恩賜上野動物園の350万人に次ぐ第2位を記録しました。夏休み期間中に限れば、恩賜上野動物園をしのぎ、日本一の来場者数を数えたほどです。
では、旭山動物園復活の鍵はどこにあったのでしょうか?
その第一は、飼育員たちの動物への深い愛情です。「動物たちの生き生きと活動する姿を、お客様に見てほしい」という想いが、ペンギンが泳ぐ姿を「水中ドーム」から眺めたり、ホッキョクグマの歩く様子を「のぞきカプセル」で見学したりという、他の動物園ではみられないユニークな展示方法を生み出したのです。第二は、来場者の立場に立った運営です。園内は完全バリアフリーで、車椅子でも健常者と同様に動物たちの生態に触れることができます。また、食堂・売店施設も充実。安くて美味しい食事や、楽しい記念グッズなども販売しています。第三が動物園内外での子どもたちへの教育活動です。動物園の最大のファンは子どもたちです。来園者へのガイド・案内はもちろん、園外でも、職員が学校へ出向いて出前授業を実施するなど、こまめに教育活動を実施しています。こうした努力が実を結び、現在もコンスタントに年間160万人にのぼる入場者を楽しませてくれているのです。
観光産業は北海道活性化の源、ユニークな発想力で北海道の未来図を描こう!
今、国をあげて地域創生・活性化が叫ばれています。北海道も例外ではありません。水産業・農業・炭鉱業などを中心に日本経済を支えてきた北海道ですが、高齢化や後継者不足で衰退の道を歩んでいます。そんな北海道の数少ない明るい光が観光産業です。日本の動物園でトップクラスの人気を誇る、旭山動物園、世界遺産に登録された知床、外国人に人気のニセコスキー場などは、北海道を元気にする大切な観光資源といえるでしょう。そして、北海道新幹線の開業も大きなプラス材料です。
将来は、観光産業に携わって北海道を元気にしたいと考えている皆さん、観光について学ぶには大学の観光学部や観光専門学校で学ぶのがオススメです。ぜひ皆さんのエネルギーとユニークな発想力で未来の元気な北海道を創生してください。
この記事のテーマ
「旅行・ホテル・ブライダル・観光」を解説
ゲストに非日常的なサービスや空間を提供し、心身のリフレッシュを手伝うとともに、心に残る思い出となるように努めることが、旅行・ホテル・ブライダル・観光の仕事に求められる役割です。接客技術やサービス精神を磨くことが不可欠。また外国からの観光客をもてなすための語学修得も必要になります。
この記事で取り上げた
「観光庁職員」
はこんな仕事です
観光庁は、平成20年にできた新しい省庁。日本国内の観光地や文化をPRし、旅行を楽しむ日本人や外国人を増やすのが目的。業務はキャンペーンやプログラムの企画・実施、地方の観光地化促進、海外へのプロモーション活動、宿泊施設や通訳ガイドの登録、旅行業法の適正な運用指導など。観光庁は国土交通省の管轄なので、職員は採用試験に合格した国家公務員。配属先は東京の観光庁や地方局、日本政府観光局などさまざまである。外国人観光客の誘致には特に力を入れており、日本の魅力を伝えられる語学力も武器になる。
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