織田信長の家来にアフリカ出身者がいたって知ってた?

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織田信長の家来にアフリカ出身者がいたって知ってた?

2015.09.04

提供元:マイナビ進学編集部

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織田信長の家来にアフリカ出身者がいたって知ってた?

この記事をまとめると

  • アフリカから連れて来られた外国人が信長の関心を惹き、家来になったことがある
  • 「弥助(やすけ)」と名付けられたその家来は、本能寺の変にも遭遇している
  • 歴史学の研究で過去の手がかりをひもといていくことで、その後の弥助の足取りが分かるかもしれない

どうして?! 織田信長の家来にアフリカ出身の外国人がいた?

みなさんの学校には、外国人の留学生が来たことはありませんか? 普段接することがない海外の人と交流すると、ちょっとした文化や感覚の違いであっても、とても新鮮に感じますよね。

現代では、留学だけでなく、観光や仕事などを目的に日本を訪れる外国人も多いので、私たちにとって外国人は身近な存在になりつつありますが、実は、あの織田信長の家臣にアフリカ出身の外国人がいたことはあまり知られていないかもしれません。

そのアフリカ出身者の家臣の名前は「弥助(やすけ)」と言います。弥助の出身地は現在のアフリカ南部のモザンビークです。当時、モザンビークはポルトガルの植民地になっており、多くの人たちが奴隷として世界中に送られていました。弥助もそうした奴隷の一人として扱われており、イエズス会の宣教師であるイタリア人のアレッサンドロ・ヴァリニャーノが来日した際に連れて来られたと言われています。

来日して日本各地を訪問していたヴァリ二ャーノは、天正9年(1581年)に信長に謁見しましたが、その場に召使いとして連れてきたのが弥助だったのです。初めて黒い肌の外国人を見た信長は、「肌に墨を塗っているのでは?」と疑い、着物を脱がせて体を洗わせたそうです。もちろん、いくら洗っても彼の肌は黒いままでした。弥助の肌が黒いことに納得した信長は彼を気に入り、ヴァリニャーノに交渉して身柄を譲り受けます。そして、「弥助」と名付け、正式な武士の身分にして身近に置くことにしたのです。

あの「本能寺の変」の際も信長のそばにいた!

弥助という名前の由来は、もともとの名前が発音の似た「ヤスフェ」だったからとも言われています。彼の姿は、当時著された書物『松平家忠日記』には「身の丈六尺二分(約187cm)、黒人男性、身はすみのごとく」と書かれており、『信長公記』では、「年齢は26~27歳」、「十人力の剛力」と記述されています。かなり大柄で、当時の日本人の中にいたら相当目立ったことでしょう。イエズス会の日本年報によると、信長はそんな弥助をゆくゆくは城主にしようとしていたほど気に入っていたようです。

弥助は信長が死去した「本能寺の変」の際にも本能寺に宿泊しており、明智光秀の襲撃に遭遇しています。そして明智軍に捕まってしまうのですが、光秀は弥助を処刑せず、イエズス会の南蛮寺教会堂に送ったと言われています。そしてその後の足取りははっきりしておらず、一説には生まれ故郷モザンビークに帰ったとも言われていますが、真相は分かりません。

膨大な過去の資料から、歴史の事実を解き明かす「歴史学」

こうした歴史上の事実を解き明かしていく研究は「歴史学」という学問に分類されます。弥助のエピソードをはじめ、歴史にはまだまだ解明されていないことがたくさんあります。歴史学では、当時の日本がどのような状況にあったのかを研究するために、現代に残された数多くの資料をひもといていきます。

歴史の手がかりを新しく読み解き、そこで解明したもの同士を組み合わせることによって、誰も成し遂げていないような新しい発見をすることができるかもしれません。歴史学を掘り下げれば、もしかしたらその後の弥助の足取りが、思わぬところに残っているかもしれませんね。

この記事のテーマ
文学・歴史・地理」を解説

文学は、長い歴史のなかで変遷してきた人間の生活や社会、人々の考え方や感情の変化などを、文章表現をもとに考える学問です。文献を読み解いて比較検討し、過去から現在、さらには未来に至る人間のあり方や社会について研究します。地理学や歴史学は、今日の私たちの生活や文化、経済活動などについて、基盤となった地形や気候、史実やさまざまな事象、最新の研究結果や歴史的な遺構をもとに、その成り立ちから考える分野です。

「文学・歴史・地理」について詳しく見る

この記事で取り上げた
「歴史学」
はこんな学問です

歴史学とは、対象とする大陸・国・地域などにおいて、過去に起こった物事を取り上げ、当時それがどのような意味を持っていたのかを、残された物や建造物、文章などから研究する学問である。ただ、資料を正確に読み取るだけではなく、事実かどうかを疑い、踏み込んで検証する批判的視点も重要である。歴史学の基本的なラインナップには、日本史、東洋史、西洋史、考古学がある。また、政治制度・経済活動・芸術文化・信仰宗教などに特化した考察も行う。

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