歴史の教科書に出てくるアノ人に別人説が浮上!

この記事をまとめると
- 教科書でおなじみの源頼朝と足利尊氏の肖像画に別人疑惑が浮上
- 肖像画は頼朝ではなく、足利尊氏の弟とする説、足利尊氏は側近の高師直とする説が有力に
- 歴史の新事実が明らかになる度に教科書は微妙に書き換えられている
あの教科書でおなじみの源頼朝や足利尊氏の顔…実は別人だった!?
歴史の教科書でおなじみの源頼朝や足利尊氏の肖像画。小学生や中学生のとき、テストの前になると、肖像画を手がかりに暗記したという人は多いのではないでしょうか?
源頼朝の肖像画といえば、口ひげをはやし、キリっとした表情が印象的。肩を張って正面を鋭く見据える姿は、鎌倉幕府を開いた凛々しい人物として記憶されてきました。
一方、足利尊氏の肖像画は、黒い馬にまたがって刀を担ぎ、どっぷりとした勇ましい姿が印象的で、まさに征夷大将軍の座を勝ち取った人物として、強く私たちの中に記憶されています。
しかし、実はあの2人の肖像画には、どちらも別人説が浮上しているのです!
新学説の真相に迫る!
では、源頼朝や足利尊氏だと思われていた人物は一体誰だったのでしょうか。
近年の歴史学者の研究によれば、おなじみの源頼朝の肖像画は、なんと足利尊氏の弟である、足利直義(あしかがただよし)であるという説が有力になっています。一方、足利尊氏のほうは、家紋が尊氏と異なることが分かっており、尊氏の重臣だった高師直(こうのもろなお)とする説や、その一族の者とする説が有力になっています。
源頼朝の肖像画に至っては、本人ではないという疑問が50年以上も前からあったそうで、私たちが知らないところで地道に検証が行われていたというから驚きです。
新発見があれば教科書が書き換えられる! 歴史学の醍醐味
では、歴史上の事実とされてきたことが間違いだと分かるとどうなるのでしょう。
例えば肖像画を例に取ると、すでに小学校の教科書では源頼朝の肖像画に代わって、鎌倉の鶴岡八幡宮に伝えられていた「伝源頼朝坐像」が掲載されています。そこには、あのキリっとした風情はなく、ふっくらとした、まるで印象の異なる頼朝が存在しています。
また、足利尊氏と思われていた肖像画も、「騎馬武者像」として名前を付けずに掲載されるようになりました。
2人の武将の肖像画に限らず、歴史学では他にもさまざまな新発見がなされ、そのたびに歴史の教科書は書き換えられています。つまり、私たちが学校で習った歴史の常識が、次の世代ではそうでない場合もあり得るということです。
教科書の一部が書き換わることは小さなことのように思えますが、歴史学を研究し続けた人にとっては一生の仕事が評価された瞬間でもあります。歴史好きの少年時代から始まり、長年の研究の末に史実を覆す大発見をする。これぞ歴史ロマンといえるのではないでしょうか。
この記事のテーマ
「文学・歴史・地理」を解説
文学は、長い歴史のなかで変遷してきた人間の生活や社会、人々の考え方や感情の変化などを、文章表現をもとに考える学問です。文献を読み解いて比較検討し、過去から現在、さらには未来に至る人間のあり方や社会について研究します。地理学や歴史学は、今日の私たちの生活や文化、経済活動などについて、基盤となった地形や気候、史実やさまざまな事象、最新の研究結果や歴史的な遺構をもとに、その成り立ちから考える分野です。
この記事で取り上げた
「歴史学」
はこんな学問です
歴史学とは、対象とする大陸・国・地域などにおいて、過去に起こった物事を取り上げ、当時それがどのような意味を持っていたのかを、残された物や建造物、文書などから研究する学問である。ただ、資料を正確に読み取るだけではなく、事実かどうかを疑い、踏み込んで検証する批判的視点も重要である。歴史学の基本的なラインナップには、日本史、東洋史、西洋史、考古学がある。また、政治制度・経済活動・芸術文化・信仰宗教などに特化した考察も行う。